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東日本大震災の被災地・岩手から「影裏」が挑む 地方発の映画製作は根付くか

波溝康三

 岩手県初の芥川賞作家、沼田真佑の同賞受賞作「影裏」を、映画「るろうに剣心」シリーズなどで知られる同県出身のヒットメーカー、大友啓史監督が映画化した異色のプロジェクトが話題を集めている。「東日本大震災の被災地・岩手から、映画、文化の力で復興支援ができれば」という大友監督の呼びかけに地元企業が全面支援。石川啄木や宮沢賢治を輩出した土地柄を象徴するように、県内約40書店で組織する県書店商業組合も“文化県・岩手”を前面に打ち出したプロモーションを展開している。「東京ではなく地方都市から映画発信はできるのか?」という試みに大手映画会社も強い関心を示す。新たな映画製作のビジネスモデルは根付くのか、その秘策はあるのか、大友監督に聞いた。

岩手の自然がふんだんに登場する映画「影裏」のワンシーン (C)2020「影裏」製作委員会
悲願の故郷での撮影に気合いが入ったという大友啓史監督 (C)2020「影裏」製作委員会

 「この小説を映画化したい…」

 2017年、自身の故郷である盛岡を舞台にした小説「影裏」を読んだ瞬間、大友監督はこう熱望したが、同時に「純文学の地味な小説。映画化は難しいかな…」とあきらめかけていたという。だが、しばらくして同年、「影裏」が芥川賞を受賞。盛岡在住の沼田による岩手県初の芥川賞受賞に地元は沸いた。大友監督は、このチャンスを逃さなかった。同時期、地元のテレビ岩手から開局50周年事業のための映像製作の依頼を受けており、この企画で「影裏」を映画化することが決まったのだ。

 盛岡で生まれ育った大友監督にとって、故郷での映画製作は長年の悲願だったという。

 11年3月11日、東日本大震災が発生したとき、大友監督は名古屋駅にいた。「新幹線で東京へ戻る途中、地震が起こり、足止めされたんです。電話をかけてもなかなか家族とつながりませんでした…」と振り返る。

 地震発生時に地元へ帰ることができなかったことを、ずっと後ろめたく感じ、以来、「いつか故郷・岩手で映画を撮りたい」と考えてきた。  

 NHKの演出家時代、経済小説「ハゲタカ」をドラマ化。映画版も手掛けた後、11年4月、NHK退職後はフリー監督となり、洋画大手のワーナーブラザースと日本人監督として初めて契約を結び、「るろうに剣心」シリーズなど次々と大作のヒット作を繰り出してきた。だが、頭の中では常に、地元・岩手県での映画化の構想が離れなかったという。

 そして3年前の17年8月、大作などの製作を続ける一方で、「自分の企画した映画を自由に撮るために…」と新たに立ち上げたのが、企画・製作会社「OFFICE Oplus」だ。

 岩手からの挑戦

 映画「影裏」は同社設立後、第1作となる記念作でもある。

 会社員の今野(綾野剛)は埼玉から盛岡の支店へ転勤し、同い年の同僚、日浅(松田龍平)と出会い、次第に打ち解けていく。内向的で人づきあいが下手だった今野は、日浅と親しくなるうちに、岩手県の地酒や渓流釣りの魅力などを彼から教えてもらい、徐々に心を開き始めるが…。

 大友監督は、テレビ岩手の会議室を借り、岩手での映画製作の体制を固める準備を進めていく。「ただのご当地映画にはしない。しかし、岩手でしか撮れない映画を撮る」。この確かな信念に、地元メーカーや金融、通信、不動産関係など約40社の地元企業が支援に名乗りを挙げる。ロケ場所の提供などの他、渓流釣りのシーンでは地元漁業組合の人たちが協力し、映画撮影のための釣りのポイントを探してくれたり、映画で主演の二人が酌み交わす珍しい地酒をテレビの局員が見つけてきてくれるなど、企業の他、個人の手弁当による好意で協力してくれたという。

 メーンの舞台として登場する盛岡は、多くの文化人を輩出した文化の街として知られ、大友監督の母校、県立盛岡第一高校からは石川啄木や宮沢賢治ら文豪が生まれている。そんな歴史ある文化の風土から、現在も書店が多く、県内にある40以上の書店が、小説「影裏」と映画「影裏」を広く県民に知ってもらおうと、一致団結し、PR活動に力を入れる。盛岡市内の書店では原作者を招き、映画公開記念のイベントを開くなど、公開前から盛り上げてきた。

 新たな映画製作スタイルの模索

 映画「影裏」は2月14日、全国で封切られた。

 今年7月と8月には、大友監督がメガホンを執った、ワーナー製作による大作映画「るろうに剣心」最終章の二部作の公開が控えている。

 地元企業などのバックアップがあるといいながらも、「影裏」の製作費は、「るろうに剣心」規模の大作映画の10分の1以下だと大友監督は明かす。

 それでも、「東京で製作するのではなく、岩手で撮ることに意義があった」と強調する。

 「いきなり、大作を地元の力だけで撮るのは無理ですから」と大友監督は言い、こう続けた。

 「3年前に公開された映画『3月のライオン』の一部のシーンは、実は盛岡市で撮影しています。今回、『影裏』は全編、岩手県内で撮っていますが、このときの経験が生かされているんです。将来、岩手で撮る大作映画の可能性ですか? 『3月のライオン』から、『影裏』という流れへ。段階的にですが、着々と進んでいるといっていいでしょう」と次につなげていく自信を見せた。

 「“映画作りは祭りに似ている”と、よく言われますが、私は一過性では終わらせたくない。日常として、祭りがずっと続くような映画製作の基盤を故郷・岩手で作ることができれば」と大友監督は故郷での映画製作に期待を込める。

 NHK職員時代、ハリウッドの重鎮、ジョージ・ルーカス監督らを輩出した南カリフォルニア大学に留学し、ハリウッドの映画製作のスタイルを学んだ大友監督が、満を持して立ち上げた映画製作会社で、これまでのご当地映画とは違う独自の製作手法で挑み、結実したのが、映画「影裏」といえるだろう。 

 大手映画会社や、キー局と呼ばれる東京のテレビ局主導による東京一極集中が進んだ既存の映画製作の体制に、今後、どんな影響をもたらすのか。

 映画「影裏」の製作スタイルは、地方発の新たな映画製作のビジネスモデル創出のヒントとなりそうだ。

波溝康三(なみみぞ・こうぞう) ライター
 大阪府堺市出身。大学卒業後、日本IBMを経て新聞記者に。専門分野は映画、放送、文芸、漫画、アニメなどメディア全般。2018年からフリーランスの記者として複数メディアに記事を寄稿している。