【リーダーの視点 鶴田東洋彦が聞く】(2-1)global bridge HOLDINGS・貞松成社長CEO
待機児童と保育士不足解消に挑む
保育と介護の2事業を主軸に展開する「global bridge HOLDINGS」(東京都墨田区)が福祉業界に新風を吹き込んでいる。福祉の質を高めるため、保育士らの負担を軽減するロボットの導入などICT(情報通信技術)を活用して働き方改革を推進。空いた時間を専門知識や技能の向上に使うだけでなく、園児らと笑顔で接する時間を増やしたり、保護者らとのコミュニケーションの充実に当てたりして信頼を高めている。貞松成社長CEO(最高経営責任者)は「強みはテクノロジー。前例がないなら自分で創る」と強調、待機児童の解消と人材不足という課題の解決に挑む。
認可のみにこだわり
--事業内容は
「直営福祉事業として、保育事業で認可保育所(園)『あい・あい保育園』(74カ所)、障害児保育事業で『にじ』(14カ所)、介護事業で『やすらぎ』(2棟)を東京都、千葉県、神奈川県、大阪府で展開している。これらを支えるソーシャルソリューション事業としてICTやAI(人工知能)といった事業に取り組んでいる。われわれの特徴として『選択と集中によるドミナント戦略』『認可保育園のみ運営』『採用と教育に注力』『ICT技術の積極活用』『直営園での実証実験後にリリース』の5つが上げられる」
--事業の進捗(しんちょく)状況は
「2007年に会社を設立し、17年の東京プロマーケットを経て19年12月に東証マザーズ市場に変更。売り上げは設立時の700万円から19年12月期に59億円に拡大。20年12月期は85億円、来期は100億円を見込む。この間に保育園の定員は3000人まで増え、(子供を保育園に入れられず)働きたいけど働けなかった母親をそれだけ減らすことができた。ただビジョンの進捗状況は5~10%だ。待機児童が減っていないからで、力不足といえる。保育園の設置には土地と人が必要だが、見つからない。保育、介護、ICTの会社を傘下に持つので、それぞれの経営資源を融合させ、待機児童の解消に貢献したい」
--認可保育園のみの運営にこだわる理由は
「同業他社は認可外や事業所内も手掛けているが、認可のみはわれわれだけ。商圏を確保でき集客が不要なうえ、運営補助金が多く、不良債権が発生しないからだ。それだけハードルも高く、施設は広さを求められる。われわれは一定のサービスの質を担保するため保育士比率100%を維持している。新卒採用力は日本トップクラスで、昨年4月には113人が入社した。今年4月は175人、来年4月は220人を予定しており、それだけ認可保育園を新たに設置できることになる」
専門斡旋会社と提携
--保育士不足への対応が欠かせない
「保育士に特化した転職支援のウェルクス(東京都台東区)と資本提携した。待機児童の解消には保育園の開設が不可欠で年間15カ所のペースで開園したいが、そのために必要な保育士を、23万人が登録するウェルクスから斡旋(あっせん)してもらう。質の高い保育士を確保するためだ」
--保育園の差別化戦略は
「就学支援学習、運動能力を伸ばす総合アスレチック、ICTの採用だ。小学1年生の準備として就学前能動的学習に力を入れている。3歳児から1人1台の机といすを与え、数量や図形、文字などを学ぶ学習プログラムを独自開発した。子供に習い事をさせることが難しい働く母親からの評価も高く『保育園でやってくれるとは目からうろこ』といわれる。また大型固定遊具『AINI(アイニー)』を使って跳躍力、支持力、懸垂力といった身体機能を鍛え、周りの子供たちと一緒に遊ぶことで人間力を磨く」
ロボなどICT活用で働き方改革
--ICTの活用は
「保育士が足りない中、業務負担を減らし生産性を高めるため積極活用している。働き方改革にもつながる。保育士でなくてもいい仕事はロボットやシステム、機械に任せる。子供が寝ている間、保育士は5分に1回の頻度で息をしているか確認しなければいけない。これは保育士にとって大きな精神的・身体的負担になっている。そこで、昼寝中は子供の衣服にセンサーを付け寝返りや呼吸などを計測しデータ化。保育士とITのダブルチェックで負担を軽減、1施設当たり年間2600時間を削減でき、キャリアアップにつながる研修時間を多く取れるようになった。体を休める時間が必要な労働集約型産業にあって年間休日数も130日に増やすことができた」
子供の1日を伝達
--ロボットが活躍している
「身長約70センチの保育ロボット『VEVO(ビーボ)』が、センサーで取ったデータを子供の帰り際に保育士に代わって保護者に教えている。例えば、子供の皮膚温度が通常より高いと、次の日に体調を崩しがちとデータから分かるので保護者に伝える。保育士と保護者は子供の送り迎え時に1分ぐらいしか話さないが、昼の献立や睡眠の様子など保護者が知りたい子供の1日の生活の記録をビーボが話す。それを元に保育士と保護者の話が膨らみ会話量は倍増する。『ロボットは合理的で事実のみを話すが、保育は人の目、心が必要』といってロボット活用に消極的な保育園もある。だが、ロボットが保育士の代わりに働く良さを知ってほしい。テクノロジー時代に合う保育を提案したい」
--教育制度は
「マネジメント力や専門性の継続的な向上を目的に独自のライセンス制度『PIQ(Progress in Quality)』を導入している。面接を経て採用しても一緒に働いてみないと採用基準や相性が合うか分からない。担保は学歴と資格だが、保育士、介護士とも専門職なので学歴は問わず、専門学校などを卒業すれば国家試験を受けなくても資格を取得できる。質を担保できるものがないので、知識と技術を求める社内試験を設けた。資格の取得だけでなく更新(2年)も必要で、園長への道が開かれていく。内容はプレゼンテーション力、コミュニケーション力、数値・係数管理力の試験と、役職者との面接。学会への査読付論文の提出も義務付けられている。重要な課題を問いかけ、答えられる人は仕事もできる。保育園の運営状態も良くなり、クレームも減っている」
人口集中エリア強化
--今後の展開は
「人口集中エリアを強化するドミナント戦略に引き続き注力し進出地域ではシェアを取る。千葉県は優位性があり、設置に必要な土地と人に関しての情報が黙っていても入ってくる。待機児童が最も多い東京で保育園を増やしていく。大阪も大手が参入しておらずシェアを奪う」
「同業他社が手掛けない保育と介護の融合施設も増やしていく。施設を設ける土地がないなか、同じ面積でも保育と介護の両方で収益を上げられる。しかも事務所や調理室などは共有化できるので1カ所で済み、初期投資を抑えられる。保育園と介護施設を一緒にすると、私の感覚だが、高齢者は子供と毎日会えるので元気になり、認知症の進行も抑えられる。子供も高齢者と関わると発語が早く語彙量も増える。世代間交流を促すことで子供も高齢者も保育士・介護士もみな、ウィンウィンの関係を築ける。300坪超の土地を確保できれば積極的に融合形態で進出し、この前例を創っていく」
--強みとするテクノロジーをどう生かす
「ビーボの普及に努める。現在は9台を保育園に配置しているが、子供の安全が求められる中にあって朝から晩まで働いても齟齬(そご)は起きていないし、事故は発生していない。安全への蓋然性・信頼性は確実に高まっている。直営保育園で実証して実験後にリリースできるという強みも生かせる。年内に100台を生産し、秋口には直営園に50台を配置、残り50台を販売に回す。人手不足に悩む地方の保育園でビーボに働いてほしいので、自治体を巻き込んで積極的に売り込んでいく。10年後の30年には売り上げ1000億円を目指しているが、保育と介護など施設事業で500億円を稼ぎ、残り500億円をビーボやセンサーなどテクノロジーで賄う考えだ。輸出も視野に入れている」
【プロフィル】貞松成
さだまつ・じょう 早稲田大大学院政治学研究科修了。2004年居酒屋チェーン入社。07年global bridge(現global bridge HOLDINGS)を設立し社長。38歳。長崎県出身。
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