経済インサイド

米ゼロックスとの提携解消、富士ゼロックスが得るものと失うもの

 富士フイルムホールディングス(HD)子会社の富士ゼロックスは、長年継続してきた米ゼロックスとの事務機器販売やブランドライセンス契約といった提携関係を令和3年3月末で解消する。60年近くにわたる提携関係を、法廷闘争までして断ち切ったことで、これまで米ゼロックスとのすみ分けで進出できなかった欧米市場などに参入できる半面、「ゼロックス」という世界的な知名度のブランド名は使えなくなる。

 富士ゼロックスの玉井光一社長は2月8日、埼玉スタジアムで開かれたサッカーJリーグの「富士ゼロックス・スーパーカップ」を観戦した。平成6年のJリーグ創設当初から冠スポンサーとして協賛しており、今後の大会名について「未定」(富士ゼロックス)としているが、提携解消に伴い、いずれ変更を迫られる。

 富士ゼロックスは昭和37年、富士写真フイルム(当時)と米ゼロックス傘下のランク・ゼロックス(同)との折半出資の合弁会社として設立された。複写機のほか、オフィスの生産性を高めるソリューションを提供し、売上高1兆円を超える企業へと成長した。

 両社の資本関係をめぐっては、米ゼロックスが平成13年、業績不振を理由に保有株の半分を富士写に売却。さらに、富士フイルムHDは30年1月、世界戦略強化の一環として、米ゼロックス買収を発表。米ゼロックスでは大株主の意向から反対に転じ、法廷闘争にまで発展した。最終的に令和元年11月、富士フイルムHDが米ゼロックス保有の富士ゼロックス株を全て買い取り、子会社化することになった。富士ゼロックスは今年1月、米ゼロックスと5年ごとに更新してきた提携の契約を令和3年3月末をもって打ち切ると発表。米ゼロックスとの商品供給契約は、技術契約終了後も存続するため、互いを商品供給パートナーとする関係は継続する。

 こうした経緯を経て、富士フイルムHDは何を得るのか。

 提携解消後は欧米市場での製品販売が可能になるほか、年間約100億円のブランド使用料の負担がなくなる。米ゼロックスとは、別に5年間の相手先ブランドによる生産(OEM)の契約を結んでおり、当面は製品の調達面での問題はないという。

 今後は、富士フイルムブランドのもとでグループ内の連携を強化し、シナジーを加速させる。クラウド、人工知能(AI)、モノのインターネット(IoT)技術を活用したサービスに注力していく。

 一方、失うものも大きい。「ゼロックス」の名前が使えなくなることだ。

 富士ゼロックスは3年4月1日付で、社名を「富士フイルムビジネスイノベーション」に変更する。5年3月末までの2年間は、暫定的に「富士ゼロックス」ブランドをアジア太平洋市場で独占使用できるものの、「ゼロックス」に代わる新たなブランドを早急に確立する必要がある。

 欧米や昭和のころの日本では、コピーすることを「ゼロックスする」と表現するほど、ゼロックスという名詞が浸透している。競合他社の幹部は「成熟市場の欧米に新ブランドで参入するのは富士といえども容易ではない」と指摘する。“独り立ち”への移行期間に新ブランドを浸透させることが成功へのカギを握る。

 富士ゼロックスの玉井光一社長は、産経新聞との単独インタビューに応じ、3年3月末の米ゼロックスとの提携解消後の欧米市場での事務機器の販売戦略について、「まずはOEMで機器を供給し、様子を見ながら徐々に自社ブランドを広げる」と語った。

 玉井氏は、提携解消の狙いを「ゼロックスとは販売地域や特許、ブランド使用料などたくさん問題があり、それをあるべき姿に見直したかった」と説明。その上で、「非常にいい条件で収束できた」と評価した。

 新たに進出可能となる欧米市場をめぐっては、「すでにOEM供給の話が3社以上から来ている。富士ゼロックスの商品は堅(けん)牢(ろう)で紙詰まりせず、ノイズやセキュリティーも強いといわれている」と強調。知名度不足が懸念されていることに対しては「『ゼロックス』というブランドは大きいが、(親会社の)富士フイルムホールディングスもかなり認知度が高い企業だ」と述べ、自社の新ブランドでもシェアを伸ばすことが可能との見通しを示した。「国内で営業とQCD(品質・コスト・納期)のシステムをしっかり持っているので、欧米でも勝っていけるだろう」とも語った。(桑原雄尚)