テクノロジー

新型コロナの蔓延防止へ 計算機ができることは何か

 【理研が語る/科学の中身】

 神戸に来て何回目の桜になるだろうか、生田川沿いにも例年のようにきれいな花が咲き、散っていった。ただ今年は、新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)によってただならぬ緊張感が走る春となった。今冬は雪が少なく、スキー場が悲鳴をあげているというニュースも、もう随分と前の話のような気がしてしまうくらい、この2月後半くらいからの動きは目まぐるしい。

 筆者の所属チームは主にライフサイエンスを研究する生命機能科学研究センターにあって計算機の開発を主軸の一つとする、かなり異色のチームである。

 その計算機は、たとえば原子分子が見えるくらいの細かさで水中のタンパク質がゆらゆら揺らぐ様子を模擬するパラパラ漫画を、「京」などの超並列汎用(はんよう)スーパーコンピューターよりも「速く」生み出すことに特化したマニアックなマシンである。

 実は汎用スパコンで実現できる計算速度には限界があって、タンパク質の面白い動きを単純に追いかけるには物足りないのだ。そこで速くするために特化した計算機能と通信機能などを一緒に詰め込んだ集積回路(LSI)を、ゼロから設計してマシンを仕立ててしまえ、という力技というかマッチョな思想に基づくのが、この計算機の開発なのである。

 しかしLSIの設計からマシンを完成させるのは、かなり際どい綱渡りである。事実、先代機は本来の機能を果たすこと無く開発が終了した。この失敗を糧に、ほぼ全面改修版に仕切り直すことになって筆者も開発に加わる。

 今作も失敗に終わったらもう次のチャンスはないだろう、チーム消滅はともかく、日本における“マッチョ路線”の芽を完全につんでしまうことになるのは実に惜しい。

 実際の開発は、まあなかなかに泥臭い作業の連続である。LSI設計の締め切りが見えてきて、開発も佳境に入ると、みんなの目も血走ってくる。バグを見つけては修正に追われる日々。一歩引いてドタバタを楽しむくらいがちょうどいい。

 何にしても1人じゃ太刀打ちできないのだから、問題を見つけたらチームの誰かに頼ってチーム全体の効率を上げていく。すったもんだの末に出来上がったLSIは、特注の分厚い基板にその他諸々の部品ともども、大分県の会社で職人さんが実装してくれる。

 ただ実装基板の動作確認にはわれわれが現地に乗り込む必要がある。結局、大分には何度も通うことになったが、おかげで別府の湯けむり風情、早朝から100円で入れる公衆浴場、豊かな海産物などに巡り合えた。

 こうして完動する基板64枚がそろって、やっと一つのマシンが出来上がる。その後もソフト開発、チューニングと課題は山積みだったが、ようやく昨年11月にマシンは実際の計算に着手するところまでこぎ着けた。

 このマシンでタンパク質と薬分子の相互作用を高速にシミュレートできることは創薬応用にも有効である。実際、開発は国内製薬会社との連携も図りながら行ってきた。

 やっとマシンが稼働し一息付けるかと思ったのもつかの間、新型コロナウイルスの世界的蔓延に直面し、目下このマシンの特徴を生かした貢献を模索する日々である。

 この未曾有の事態に計算機がどこまで貢献できるかは未知数で、現行機1台でやれることには限りがあるが、世界中の計算機資源の集結、情報共有によって見えてくる地平に期待したい。何年も先の話になるがチームではさらに高速化した量産型次世代機の開発ももくろんでいる。

 そこに向けたGOサインが出るかどうか、私が開発に携われるかはわからないが、せめて次の春には花見の集いが催せることを祈るだけである。

 【プロフィル】小松輝久(こまつ・てるひさ) 長崎県出身。東北大大学院理学研究科。博士(理学)。現在は理研BDR計算分子設計チーム研究員。分子動力学専用スパコンの開発と応用に携わっている。スキーは初級レベルだが、毎年ちょっとずつ体の使い方の発見があって細く長く楽しんでいる。