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ソニーの社名変更 「創業者精神」回帰に違和感、祖業の存在薄れを懸念

 ソニーは、来年4月1日付で社名を「ソニーグループ」へ変更する。新型コロナウイルス感染拡大に伴う逆風の中、吉田憲一郎社長兼最高経営責任者(CEO)は、創業者精神の「長期視点に基づく経営」に回帰すべく、ハードからソフト、金融まで幅広い事業を統一することに企業価値を見いだす。一方で、同時に祖業である家電などの収益性の低いエレクトロニクス事業の存在が薄れてしまうのでは、という懸念もある。

 5月19日夕、午後4時から予定されていたインターネットによるソニーの経営方針説明会は40分ほど遅れて始まった。東京証券取引所の適時開示情報閲覧サービスへの情報登録が遅れたためだ。説明会直前に開示されたプレスリリースには、予期せぬ「社名変更」のニュースが記載されていた。

 経営方針説明会の冒頭、吉田氏は、創業者の一人の盛田昭夫氏から学んだこととして「長期視点に基づく経営」を挙げ、「新型コロナウイルスが世界を変えた今、私は改めてその重要性を感じている」と強調。ソニーの存在意義を「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」と定義した。それはハードからソフト、金融まで幅広いソニーの事業を統一する理念が今後の経営に不可欠だということの証でもあった。

 こうした経営方針を具体化したものがソニーグループ構想だ。社名変更に伴い組織改革を実行し、ソニーグループはグループ本社機能に特化し、グループ全体の事業ポートフォリオ(構成)管理やシナジー(相乗効果)による価値創出策などを計画。その傘下にゲーム、音楽、映画、エレクトロニクス、半導体、金融といった事業会社がぶら下がる格好だ。「ソニー」の名称は祖業である家電などのエレクトロニクス事業を担う「ソニーエレクトロニクス」が継承する。

 ソニーが約65%出資している上場子会社のソニーフィナンシャルホールディングス(SFH)を、コア事業と位置付けて完全子会社化し、ソニーグループの中に取り込むのも構想の一環。約4000億円を投じて、6月20日から7月13日までの日程で株式公開買い付け(TOB)を実施する。SFHはソニー生命など国内に安定的な事業基盤を持っている上、人工知能(AI)などのIT技術を活用した「フィンテック」の開発も期待できる。財務面で完全子会社化により、グループの最終利益が年400億~500億円押し上げられるのも大きい。

 ソニーがことさらにグループ経営の強化にこだわる背景には、「物言う株主」として知られる米大手ファンドのサード・ポイントが、稼ぎ頭である半導体事業や金融事業の切り離しを求めていることがある。

 ソニーのような複合企業は、単独事業の価値の合計よりも全体の企業価値が低く評価される「コングロマリット・ディスカウント」に陥りやすく、サード・ポイントは「ゲームや映画などの娯楽事業に専念すべきだ」と主張する。そうした批判をはねのけるためにも、サード・ポイントとは真逆の「事業の多様性で経営の安定性を具現化する」(吉田氏)方針を掲げる必要があった。

 その象徴でもある社名変更だが、昭和33年に創業時の「東京通信工業」から、製品のブランド名だった「ソニー」に変更して以来、63年ぶりのことになる。当時はトランジスタラジオなどの商品との関連性が分かりやすい「ソニー電子工業」といった名称も候補に挙がったが、盛田氏が「世界に伸びるためだ」として、「ソニー」という単純明快な社名に決めたという。

 その後のソニーは、盛田氏の見立てどおりに幅広い事業に進出した。それだけに今回の社名変更に対しては「何かを限定してしまうようで違和感がある」(OB)との声も聞こえる。数々の世界初の製品を生み出してきた破天荒さが消え、それぞれの事業でこぢんまりとまとまってしまう危険性をはらむというのだ。

 そうしたソニーの原点でもあるテレビやスマートフォンなどのエレクトロニクス事業をみれば、売上高は大きい半面、収益性の低さが課題となっている。本社機能から分離されることで、グループ内でさらに存在感を失う可能性もある。

 ソニーはこれまでも「VAIO(バイオ)」ブランドで世界展開してきたパソコン事業や世界で初めて実用化に成功したリチウムイオン電池事業を売却するなど、自社の強みを発揮できない事業を切り売りしており、さらなる再編も予想される。吉田氏はエレクトロニクス事業について「今まではリアリティー、リアルタイムを追求してきたが、これからはライブの遠隔化のような新しいチャレンジをしないといけない」と述べ、てこ入れを示唆する。

 平成15年4月の「ソニーショック」の業績悪化から迷走が続いたソニーだが、令和2年3月期連結決算の売上高に占める営業利益の割合(売上高営業利益率)は、新型コロナ禍でも10%を超える高収益企業に生まれ変わった。社名変更はこの流れを加速することになるのだろうか。(桑原雄尚)