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“地獄”を繰り返さぬ覚悟 マツダのブランド改革が正念場

 【経済インサイド】

 今年で創業100周年を迎えたマツダが、新型コロナウイルス禍でも業績の落ち込みを他社以下に押さえ込んでいる。直近の4~6月決算は営業赤字ながら、主力市場の米国での販売台数の下落幅は、日本勢の平均値(3割減)を大きく下回る前年同期比10%減に抑制した。かつて「マツダ地獄」と揶揄(やゆ)されるほどブランドイメージに悩んだ過去から、「値引きしない経営」を貫いて商品力や販売の質向上に取り組んだ結果だという。

 2月初旬の午前8時、広島県府中町のマツダ本社。丸本明社長以下、役員が集まった「緊急対策会議」の議題は、新型コロナ感染者の急拡大から中国・武漢で始まった都市封鎖(ロックダウン)への対応だった。

 連日の会議で決定した対処方針のなかでも最大の鍵は、各国の感染者状況と経済活動規制に合わせた販売、在庫、出荷、生産の計画見直しだ。ロックダウンの国が増え、販売ができなくなって在庫が積み上がれば、車の価値が下落しかねず、マツダがここ約10年追求してきた「ブランド価値経営」に大きな打撃となるからだ。マツダは、急速にしぼんでいく需要に対応すべく国内外の工場の生産調整を順次進めていたが3月下旬、ついに取引先にも影響が大きい工場の稼働停止を決断した。

 対策会議が世界生産計画の調整に活用したのが、影響が先行した中国の実態をシミュレーションして構築した想定モデルだった。販売店の稼働率や、受注率推移などを分析。想定される回復スピードによって国を3グループに分類し、週ごとのきめ細かなデータで出荷・生産台数をコントロールした。

 その結果、在庫は6月末には平時の水準に回復。工場の稼働停止は約4カ月で終了し、8月から生産も正常化できた。

 販売も、落ち込みは大きいが踏みとどまってきた。7月31日に発表した令和3年3月期決算見通しで、全体では台数減のなかで米国は1%増とした。マツダの丸本社長は「これまでの投資が実績として表れている。改革をグローバルに展開していくことで、少しでも販売を重ねていく」と一定の自信を見せた。

 危機時にぶれずに対応できたのは、過去の企業戦略の失敗からの教訓だ。

 かつてのマツダは、年間販売台数を大きな指標とし、販売店ブランドを「ユーノス」「アンフィニ」といった5つに増やすなど、積極的な販売戦略を展開。販売台数を増やすため、大幅な値引きも展開された。

 だが、新車の販売価格が安くなると、下取り価格も低下する。車を買い替える際、他の中古車ディーラーに引き取ってもらえず、マツダ系列のディーラーに下取りをしてもらい、再びマツダの新車を購入せざるを得ないケースが増えた。これでは「マツダ車を買いたい」というニーズが高まるはずがなく、負の連鎖は“マツダ地獄”と揶揄(やゆ)された。

 そこで、マツダは平成22年、「魂動デザイン」という概念を打ち出して車のデザイン統一化を始めた。新たな思想に基づいた商品群の第1弾となる「CX-5」を24年に発売。「ブランド価値の向上」を最重要課題とする経営が本格化した。

 車の設計では、「人馬一体」と言えるほど気持ちよく乗りこなせるよう、あらゆる基本性能の底上げを目指して車体やトランスミッション、車軸などを一体的に再設計。自社の技術を結集したエンジン「スカイアクティブ」は走りの楽しさと燃費効率を一緒に追求し、ガソリン、クリーンディーゼルとバリエーションを増やした。

 基本性能が向上した結果、毎年のように改良車が出せるようになり、商品力がアップした。特に、昨年から投入したエンジン「スカイアクティブX」は、マツダが世界で初めて実用化した画期的な燃費効率化技術と走りの楽しさを両立させ、既存のエンジンより50万円以上高いものの、欧州をはじめ各国で人気が出ている。

 さらに「アクセラ」「デミオ」といった車名を「MAZDA3」「MAZDA2」などと社名と数字、アルファベットのシンプルな組み合わせに統一した。店舗デザインや広告も車のデザイナーが設計するほか、販売スタッフには「ブランドを売る」教育を徹底し、車のデザイン、製造、販売まで一体感を高めている。

 新型コロナウイルス感染拡大に伴い、車の需要は大幅に減少しているが、マツダは業績への悪化影響を比較的抑えている。車の販売価格は全体のブランド力向上で高価格帯が広がり、最安値はむしろ上がって、1台あたりの収益額が向上しているという。

 ただ、令和3年3月期の決算見通しは、営業赤字は400億円、最終赤字は900億円と厳しい予想だ。

 危機的状況に対し、「マツダらしさ」を求める方向性は変わっていない。マツダの代名詞ともいえる「ロータリーエンジン」を“発電機”にし、電気自動車(EV)の課題である走行距離を伸ばす独自技術「レンジエクステンダー」などについて、「コロナで開発スケジュールを遅らせることは一切考えていない」(同社)。

 また、世界で厳格化しつつある環境規制への対応のため、マツダが初めてEV(電気自動車)に参入するスポーツ用多目的車(SUV)「MX-30」は、当初想定したEV専用車から日本市場ではハイブリッド車も導入すると急遽、方針転換した。ハイブリッド車の占有比率が高い日本の市場性を考慮した結果だ。業績の苦しい今だからこそ、柔軟な対応が求められている。

 「台数優先」から「ブランド力向上」への転換は、巨額赤字に陥った日産自動車も取り組み始めている。マツダのブランド戦略の真価が問われるのはこれからだ。(経済本部 今村義丈)