今年後半「ペントアップ」は起きるか うっ積する個人消費が一気に表面化?
【経済♯word】ペントアップ需要(繰越需要)
国内景気はいつになったら回復に転じるのか。産経新聞が行った企業アンケートでは、回復は来年以降にずれ込むとした回答が多く、新型コロナウイルス感染拡大の影響が長期化することへの懸念が浮き彫りとなった。日本銀行の黒田東彦(はるひこ)総裁は、感染拡大で一時的に控えられていた個人消費が一気に表面化することで、今年後半から景気が回復していく道筋を示しているが、それを疑問視する見方もある。
東日本大震災後の回復
「ペントアップ需要の顕在化に加え、緩和的な金融環境や政府の経済対策の効果にも支えられて、本年後半から(景気は)徐々に改善していく」。黒田総裁は7月15日の会見で、コロナ禍不況に対して打ち出した金融・財政政策が、個人消費の回復と相まって効果を上げていくと展望した。
「ペントアップ(pent-up)」とは、英語で「うっ積」を意味する。景気後退期に購買活動を一時的に控えていた消費者の需要が、景気回復期に一気に表面化する現象で、「繰越需要」とも呼ばれる。需要は消滅したわけではなく積み上げられているという理屈だ。
国内では、平成23年3月の東日本大震災直後に落ち込んだ宿泊や旅行消費がその後に回復して「ペントアップ需要」となり、24年1~3月期までの消費を押し上げた。準備不足のまま政府が7月22日に一部で開始した支援策「Go To トラベル」も、「ペントアップ需要」を視野に入れたものだ。
観光庁によれば、日本を6月に訪れた外国人客数は2600人と、前年同月比は3カ月連続で99.9%減となった。新型コロナの感染拡大防止のため100を超える国や地域を対象に渡航制限を実施。ベトナムやタイなど制限が徐々に緩和される対象国もあるがビジネス目的が優先で、訪日旅行需要の回復は見通しにくい。観光業界を支えようとまず、国内旅行需要の回復をキャンペーンで目指す。
「ずいぶん多くのところで旅館が全館満室の状況だったと思うが、他方で、新幹線はがらがらだった」
赤羽一嘉国土交通相は7月29日の衆議院国土交通委員会で、トラベル事業開始直後に迎えた7月下旬の4連休中の観光需要についてこう説明した。東京都民と東京を目的とした旅行がキャンペーン対象から外される中、地方の地域内だけで観光を盛り上げても誘客力は限られる。
お盆期間中のキャンペーン効果については、今後の統計などによる分析が待たれる。だが、感染拡大防止のため一部自治体が帰省自粛を求めるなど、足元での旅行業界のペントアップ需要は見込みにくい。
家電など好調
一方、10万円の特別定額給付金や「巣ごもり」需要で、一部の家電製品などは前年を上回る売れ行きをみせている。
「在宅勤務の定着でパソコンの売れ行きがいい」。家電量販大手、ビックカメラの広報担当者は、5月下旬に緊急事態宣言が解除されてから店舗への客足は目に見えて戻り始めたという。グループのコジマを合わせた6月の売上高は、前年同月比9.2%増と4カ月ぶりのプラス。ビックカメラでは7月、パソコンを含む情報通信機器の売上高については7.5%増と2カ月連続でプラスだった。
ファンを回して風を起こして空気を循環させる家電「サーキュレーター」の出荷台数も伸びている。生活用品大手アイリスオーヤマ(仙台市)は4~6月に前年同期比約2倍、家電を扱う山善(大阪市)も同約1.5倍となった。新型コロナ対策で部屋を効率良く換気したいという消費者意識が販売を押し上げている。
家電量販店ヨドバシカメラの東京都内の店舗には、2000円台から2万円台までのサーキュレーターが並び、担当者は「売り上げが伸びている」と話す。
消費者心理の改善は?
もっとも、需要が増えている商品は一部に過ぎず、コロナ禍を受けた「特需」だとも言える。
内閣府が7月31日発表した7月の消費動向調査によると、向こう半年間の消費者心理を示す消費者態度指数(2人以上世帯)は前月比1.1ポイント上昇の29.5。3カ月連続で改善したものの上昇幅は5~6月と比べて大きく縮小した。特効薬やワクチンが開発されて広く行きわたらない限り、消費者心理の改善は難しい。
第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストは、「パソコンなど一部の売り上げ増はペントアップ需要ではない。今後、同需要が発生したとしても、雇用環境が厳しくなる中で、それほど大きくはならないだろう」と指摘している。
日本百貨店協会によると、6月の全国百貨店売上高は、既存店ベースで前年同月比19.1%減と、5月の65.6%減から大きく改善した。緊急事態宣言の全面解除を受け、東京都心の店舗などで全館の営業再開や、営業時間の短縮緩和が相次いだ。
7月もこの傾向が続いており、大手百貨店4社が今月3日発表した7月の既存店売上高(速報)は前年同月比で1~2割台の減少となったが、新型コロナウイルスの感染再拡大や天候不順の影響で客足が鈍化。三越伊勢丹ホールディングス(HD)と高島屋の下落率は前月から拡大、他2社も小幅な改善にとどまった。
一部の百貨店では食品やインテリアが堅調。定額給付金の効果もあってか、宝飾品や高級ブランドも需要が回復しつつあるという。一方で訪日外国人による免税売上高は依然として厳しい状況が続いている。(大柳聡庸、井田通人、岡田美月)