中韓に負かされても復活した日本の電機メーカー 日立製作所の明暗分けたのは
【経済インサイド】
2020年代に入り、変貌を続ける日本の大手総合電機メーカー。中国、韓国の競合メーカーとの激しい価格競争で打ちのめされてからも低迷するパナソニックや東芝、シャープに対し、日立製作所やソニーは復活を果たした。明暗を分けたのは技術の進化や社会の変化への対応力、改革スピードの差だ。
熟練の動作を解析
日立が注力するのは、IoT(モノのインターネット)基盤「ルマーダ」だ。日立はルマーダの画像解析技術を用い、熟練工の動きや工具の使い方のデータを収集、解析し、生産現場で活用している。
たとえば、各社が省エネ性能を競う家庭用ルームエアコンの品質を左右する、冷媒が流れる銅管のろう付けという地味な作業。ろう付けが不十分だと冷媒漏れが起こり、冷却機能が低下してしまう。
火炎バーナーを使う作業の善しあしは一瞬で決まる。母材に対するバーナーの距離や角度、高さなど複数の動作を最適に行うには高度な熟練技術が必要だ。この技術をいかに継承するか。世界最大の空調機器メーカー、ダイキン工業でもかつて課題となっていた。
ろう付け作業者は、世界に約2000人いるが、マイスター(熟練技術者)はわずか数人。日立はルマーダを用いて「ろう付け技能訓練支援システム」を構築。新人の作業について、どこがマイスターの動きと違うのかが一目で分かるように「見える化」した。
ダイキンは滋賀製作所(滋賀県草津市)で2017年からこのシステムを導入。かつて新人がラインに入るまで3カ月かかっていたが、今では1カ月半に短縮した。さらに中国や北米などにも順次展開し、世界同一品質を目指している。
幅広い製品を生産・販売する総合電機メーカーだった日立のビジネスモデルは、この10年で大きく変貌を遂げた。現在はIoTやAI(人工知能)を活用し、社会や企業の課題を解決する付加価値の高いサービスを提供するビジネスが主力だ。ダイキンの技能継承のように、製造業のデジタル化を裏方として支援することが増えている。
成長戦略の柱となるのが、ルマーダのグローバル展開だ。データを蓄積・分析するルマーダは、現場の生産効率向上のほかにも設備の故障予兆診断や需要予測、在庫の適正化などにも活用できる。日立は2021年度にルマーダで売上高1兆6000億円を目指している。すでに活用事例は1000以上に達したが、国内が多くを占め、海外拡大が成長の鍵となる。
年内にはホンダ系の部品会社と車載子会社を統合させ、新会社を設立し、傘下に収める。東原敏昭社長は「部品から得られるデータをルマーダ上に蓄積することで新たなビジネスも創出したい」と意気込む。
稼ぐ力を強化
リーマン・ショックのあおりを受け、最終赤字7873億円を計上した09年3月期から11年。深刻な経営危機に陥った日立は痛みを伴う構造改革を進めて復活した。赤字だった半導体や薄型テレビ、液晶・プラズマパネルなどから撤退する一方、競争力があると判断した上場5会社は完全子会社化することで利益を取り込んだ。かつて10兆円を超えていた売上高は20年3月期で8兆7672億円に減少したが、売上高営業利益率は直近3年間は7.5%超。安定して利益を出せる企業に変貌した。
16年に就任した東原社長も改革路線を継承。事業再編の基準は、将来的に世界で戦えるかどうか。09年3月期に22社あった上場子会社は現在2社。東原社長は「残る日立金属や日立建機も、21年までの中期経営計画の間に世界で戦える事業となるための方向性を決める」と話す。
事業ポートフォリオの組み換えはグループ会社に刺激を与え、成長の大きな原動力となっている。グループ企業の役員の一人は「利益を出していても本体の方向性と違うと、売却される可能性もあり、緊張感がある」と胸の内を明かす。
着実に成果が出ていた構造改革だが、今年に入りコロナ禍という逆風が吹く。世界的な景気減速で21年3月期は減収減益を見込んでおり、東原社長は「リーマンよりも経済的な影響は大きい」と厳しい見方を示す。
ただ、東原社長は現在の状況を悲観していない。コロナの感染拡大で生活や仕事のスタイルの変化が求められている中で、「『リモート』『非接触』『自動化』の3つのキーワードを軸に社会イノベーション事業で課題を解決し、成長を継続させたい」と新たなビジネスチャンスとも捉えている。
「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」。創業時から掲げられる日立の企業理念だ。東原社長は今後も「『社会に貢献する』というミッションは変わることはない」と強調する。現在の世界的な危機の中で、長年にわたって蓄積してきた技術をどう生かし、貢献していくのか。変貌した日立の真価が問われる。(経済本部 黄金崎元)