コロナ禍での授業料一部返還の声 私大維持の生命線、要求応じるのは困難
コロナ禍によってオンラインの授業しか受けられないのに、授業料を全額払わねばならないのはおかしい、という声が大学に寄せられた。授業内容や学習環境、キャンパスライフなどが授業料に見合っていないというのだ。講義の質も教室で行われる授業の方が充実しているかもしれない。大学経営者として、学生や保護者の嘆きが理解できないわけではない。大学の施設に立ち入ることも前期は制限され、サークル活動も認められずじまいだった。
私大の学費は、文部科学省の省令で「学生生徒等納付金」(学納金)として定められている。授業料、入学金、実験実習料、施設設備費などが学納金だ。この収入こそが大学経営の生命線であり、学生数が減少すれば経営が行き詰まる。教員や職員の給料をはじめ、研究費の支出も大きい。高等教育機関としての施設も整備しなければならない。これらの徴収に関することは、きちんと学則に記載せねばならず、変更するには文科大臣に届け出が必要だ。
届け出制である学納金だが、あまりにも高額である場合、行政指導や補助金カットのペナルティーがある。日体大の場合、海浜実習、キャンプ実習、スキー・スケート実習、ゴルフ実習まであり、この費用も徴収する。教員免許取得のためには必須であるとともに、大学の伝統でもある。これらも授業料の一部であろうが、講義だけでなくゼミや学生の個別指導など幅の広い教育活動をも含む。
私大には学部学科の特徴がある。フィールドワーク、海外実習、各種免許取得などの必要なコースでは、教育活動費として徴収する。また施設設備の取得に関しては政府からの補助金がない。全て自己資金によって賄わなければならないのである。学納金などの一部を毎年少しずつ積み立て、時間をかけて整備するわけだ。
したがって、教職員の給料や研究費、キャンパス維持費の支出を勘案すれば、学納金の一部の返還要求に応じるのは困難というしかない。入学金を払い、学生証を手にした者は構成員であり、大学の維持と発展を考えねばならない立場にあることを認識していただきたい。
コロナ禍の責任は大学にあるわけではない。日体大では、パソコンの購入代金ともいえる5万円を全学生に支給し、遠隔授業を行った。大学の一方的な不法行為ではなく、やむを得ない緊急措置であった。
突然、社会全体がコロナ禍に襲われ、大学自体も苦しめられたのである。保護者も大変な被害で痛手を負われたであろうが、大学としての使命の達成を考慮したならば、授業料や施設設備費を返還するのは、難しいことを理解していただくしかない。
私大の収入の約7割は学納金である。近年、政府による大学定員の管理は厳格化され、余裕のある私大は多くはない。学納金の返還を求められたからといって教職員を解雇するわけにもいかない。教員の研究活動にストップをかけることもできず、学生支援策とともに検討している。
私どもは退学者を出さないために教職員や卒業生に寄付を呼び掛け、授業料支援に乗り出した。また、スポーツ活動に取り組む学生たちを応援するため、クラウドファンディングで資金を集めた。
多くの方々から協力を得て、目標額を達成することができた。コロナ禍に負けないためには知恵を出すしかない。
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松浪健四郎(まつなみ・けんしろう) 日体大理事長。日体大を経て東ミシガン大留学。日大院博士課程単位取得。学生時代はレスリング選手として全日本学生、全米選手権などのタイトルを獲得。アフガニスタン国立カブール大講師。専大教授から衆院議員3期。外務政務官、文部科学副大臣を歴任。2011年から現職。韓国龍仁大名誉博士。博士。大阪府出身。