変貌する電機 2020年代の行方

ビジネスモデル転換の大波を パナソニック、社内カルチャー刷新に挑む

 札幌市豊平区にあるドラッグストア「サツドラ月寒西1条店」の店舗に足を踏み入れると、一般的な店とは少し違うことに気が付く。約1250平方メートルの売り場にいくつものカメラがつるされているのだ。カメラは商品棚の上などにも置かれ、トータル96台。これほど多くのカメラが設置されているのは来店客の動きを分析するためだ。

 店舗を運営するサッポロドラッグストアー(サツドラ)は取引先のメーカーとカメラから得たデータを使い、商品棚のレイアウトの効果測定やマーケティング企画の参考にしている。現在は北海道内の複数の店舗にカメラが導入されている。

 サツドラは競争が激しいドラッグストア業界でデジタル技術を積極的に導入。適切な販売促進や魅力的な売り場づくりを実現しようとしている。

 高付加価値事業へ

 この取り組みを支援しているるのがパナソニックだ。顧客にとって必要なデータだけを処理できる人工知能(AI)カメラを使い、プラットフォーム(共通基盤)で来店客の属性を分析し、行動を検証している。用途に応じて、解析機能をリモートで変更でき、簡単に機能を追加できる。クラウド上で世界中のデータも管理できる。

 家電などの「物売り」がメインだったパナソニックだが、付加価値の高いサービス事業を社内に根付かせようと、2016年に立ち上げたのが「Vieureka(ビューレカ)プラットフォーム」のチームだ。ソフトウエア技術者を中心とした約20人の小さな組織だ。

 カメラ映像から得たデータを売る新しいサービスの創出を目指している。ドラッグストアの来客分析のほか、建設会社の入退室管理、介護施設の見守りなど、既に10以上のサービスを開発した。

 立ち上げメンバーで、リーダーを務めるテクノロジー本部事業開発室エッジコンピューティングPFプロジェクトの宮崎秋弘総括担当は携帯電話の開発者だった。米アップルのスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」の登場でゲームチェンジが起こり、撤退の憂き目に遭った経験を持つ“敗者”だ。

 アップルは端末開発にとどまらず、アプリで多大な収益を得るビジネスモデルを確立した。ビューレカチームは端末だけにとらわれた過去の失敗を反省し、リカーリング(継続課金)で収益を稼ぐサービスの拡大を目指している。宮崎氏は「成功例を作り、社内カルチャーを変えて、成長のきっかけになりたい」と意気込む。ビジネスモデルの転換を小さな組織から全社に波及させようとしている。

 成長の柱つくれず

 「単純に収益を伴う成長をしたかった」。11月13日、9年ぶりの社長交代を発表した津賀一宏社長は大阪市内で開いた記者会見で、在任中の8年半を振り返り、悔しさをにじませた。

 構造改革を経て、ライバルのソニーが20年3月期に営業利益率10%以上を達成し、復活を印象付けたのとは対照的に、パナソニックは3.9%と大きく差を付けられた。

 7221億円の最終赤字を計上した直後の12年6月に就任した津賀社長は、巨額赤字を出していたプラズマテレビ事業からの撤退を決断するなど構造改革を進め、業績を回復させた。だが、その後に成長の柱となる事業をつくれていない。10年前にパナソニック電工や三洋電機を統合したが、期待していた電気自動車(EV)向け電池などの車載事業が伸び悩むなど、せっかく取り込んだ事業を業績向上に結びつけることができないでいる。

 5子会社集約、横の連携強化

 成長を阻害する要因の一つに挙げられるのが縦割りの社内風土だ。グループ約27万人を擁する大企業となり、セクショナリズムが横行し、環境変化のスピードに対応できないのだ。来年6月に社長に就任する楠見雄規常務執行役員も「競合他社に比べてスピードが負けている」と認める。

 外部からは「一体感がない」とも評される。楠見次期社長自身、「大きな会社なので、本当のことを言ってもらえない。忌憚(きたん)なく、忖度(そんたく)なく、いろいろなことを言ってもらえる風土にしたい」と話すほどだ。

 こうした社内風土を変えようと、津賀社長は16年以降、片山栄一常務執行役員(メリルリンチ日本証券元アナリスト)や樋口泰行専務執行役員(日本マイクロソフト元会長)、松岡陽子常務執行役員(米グーグル元バイスプレジデント)ら外部人材を積極的に登用している。

 ただ、ある幹部は「みんな頭では変わらないといけないと理解しているが、グループ全体に広がらない」と打ち明ける。サービス系の中堅社員からも「物売りの文化がメインで自分たちの事業メリットが伝わらず、社内で新しいことをしても時間がかかる。外部企業と話をした方が速い」との声も漏れる。

 パナソニックは社長交代に伴い、21年10月にカンパニー制を廃止し、22年4月に持ち株会社制に移行する。社名を「パナソニックホールディングス」に変更し、主力4子会社を傘下に置き、権限移譲を行い、自主責任経営を徹底させる。

 組織再編の狙いは各事業の競争力強化とグループ全体で再成長を目指すことだ。持ち株会社は全体の成長戦略の策定・実行や各事業会社を支援する。

 最大子会社となる「パナソニック」に家電や空調、電設、中国・北東アジアなど5つの会社を集約し、苦手とされる横の連携を強化。この組織再編で社内風土改革やビジネスモデルの転換も加速する。

 社内には現状を変えようとする小さな波はある。経営者のかじ取り次第で、大きな波に変えることはできる。楠見次期社長が大きな波を作れるかが、パナソニックの未来を左右する。(黄金崎元)