山口発「電波維新」 技術革新が生むラジオ回帰への期待
山口県東南部の周南市に本社を置く、テレビ・ラジオ兼営局、山口放送(KRY)の取り組みが全国のラジオ局の関心を集めている。電波がうまく受信できず、聞こえづらい難聴地域の課題を、独自開発した技術で乗り越えたのだ。明治という時代を牽引(けんいん)した長州(山口)から“電波維新”を-。そんな気概の背景にあるのは、ラジオの役割と使命を知り、人々にくまなく音を届けようという思いだ。(渡部圭介)
日の丸衛星
平成28年夏、日本海側の山口県北西部で、ひとつの革新的な技術が実用化された。聞こえづらい地域の対策として、AM放送局が整備に取り組む、FM波を使った補完放送で生じていた問題を解消する技術だ。
FMはAMに比べて電波の届く距離が短いため、広い範囲で放送を届けようとすると、送信所を複数置く必要がある。ところが同じ周波数の電波が複数の送信所から届く重複エリアでは、そのラジオは聞こえづらい。各送信所から電波を送るタイミングがほんのわずかでもずれると、同じ周波数では互いの電波を邪魔しあうためだ。
放送局で作った番組を送る「親局」と各送信所の距離が異なる以上、タイミングを一致させる「同期放送」は従来、実現困難とされていた。
そんな中、KRYは電波の送信機器を手掛ける日本通信機(神奈川県大和市)やNHKテクノロジーズ(東京都渋谷区)とともに、26年から研究をスタート。カーナビなどで自分の位置を知るのに不可欠なGPS衛星が発する時刻情報を基に、各送信所が電波を発するタイミングを合わせるアイデアを思い付いた。
22年から打ち上げが始まった日本の準天頂衛星「みちびき」の存在にも助けられた。情報精度が高く、100万分の1秒単位でタイミングを合わせることができたのだ。
「実験は昼間の放送時間中に行うわけにもいかないので、夜から朝にかけて実験を行っていました。成功したときは、やっと眠れると思いました」。プロジェクトの中心メンバーであるKRYの惠良勝治技術局長は、そう振り返る。
リスナーのために
困難といわれた同期放送に挑んだのは、山口県が抱える地理的要因がある。
電波の伸びがよくなる夜間を中心に、同県の日本海側には韓国、ロシアなど大陸にある放送局のAM波が届く。自局のAM波と干渉しあい、AM放送はほとんど聞こえなくなってしまう。もし、夜間に災害が起きれば、放送を届けられないリスクが生じる。電波が届く範囲は狭いが、海外から干渉されにくいFM波を使った補完放送の整備は急務だった。
ただ、KRYのAM放送の難聴地域は広範で、複数の送信所がないと到底カバーできない。FM波が重なる地域の難聴を避けるには送信所ごとに周波数を変えればいいが、同じ周波数にこだわった。リスナーの利便性にからむからだ。
送信所ごとに周波数が異なれば、リスナーは地域を移動するたび、ラジオのチャンネルを操作する必要がある。わずらわしさから、リスナーはラジオを聴かなくなるかもしれない。
「山口県は核になるような中心都市がなく、車による移動や往来が盛んです。送信所ごとに違う周波数を使うと、車を運転中にラジオのチャンネルを操作する必要があるし、安全面からもどうかという思いもあった」と惠良局長は話す。
テレビとの兼業局だが、KRYはラジオ専業局として出発した。実現するかどうか分からない同期放送に経営陣を含め局一丸で技術開発に突き進んだのは、開局以来から局を支えるリスナーの存在があった。
同期放送の意義
このKRYの新技術が開発されると、成果を確かめようと、全国のラジオ局から視察が相次いだ。経営環境が厳しい全国のAMラジオ局は現在、電波の送信コストを抑えられるFM局への転換や併用をにらんでいる。チャンネルを変えないまま、AMの受信エリアを広範にカバーできる同期放送が実現した意義は大きい。ただ、惠良局長は「今もAMでラジオを聴いている人は多いし、FMでは聞こえない地域も残っている。当面はAMとFMの両方があった方がいい」と答える。
その一方で、FM補完放送のメリットも十分に感じている。「きれいな音声を聴き慣れている10代、20代の若い方も、音質がいいFMならばラジオを聴いてもらえるのではないか」と惠良局長は考えている。
ラジオ局の経営環境が厳しい背景には、インターネットメディアの台頭による広告収入の落ち込みがあり、インターネット上では「ポッドキャスト」のような音声コンテンツ市場が活況を呈している。こうしたリスナーは普段、こもったようなAM放送より高音質のコンテンツに触れており、ラジオは番組の質に加え、音質でもネットのコンテンツと張り合わなければならない。
いざというときに真価を発揮するラジオ。その存在が生活から薄れることがないよう、“電波維新”の取り組みは続く。