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「あのケーキがなければ…」閉店危機の店を救った“芸能人御用達”スイーツ

SankeiBiz編集部

 「あれがなかったら、店はつぶれています」。外出自粛が続くコロナ禍で客足が遠のき、閉店の危機にあった金沢市のスペイン料理店が、メニューになかったチーズケーキを販売したところ、SNSで「言葉を失うほど旨(うま)い」と評判の大人気商品になった。東京の創作フランス料理店のオーナーシェフは、お取り寄せセットの販売をSNSで告知して即日完売に。いずれも飲食店の窮地を救う突破口を開いたのはSNSだが、ただSNSで商品を紹介しただけではない。そこには、したたかな「SNS戦略」があったのだ。

 世に出ていなかったチーズケーキ

 金沢市のスペイン料理店「レスピラシオン」と聞けば、「あのバスクチーズケーキか」と思い浮かべる人もいるかもしれない。スペインのバルが発祥とされるバスクチーズケーキだが、コロナ禍前は店のメニューにもなかった。

 「正直、チーズケーキは苦肉の策でした。必死だったんです」

 ソムリエ兼マネージャーを務める金村俊宏さん(33)が振り返る。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、昨年4月から一時店を閉めることに。同5月からパエリア弁当などの販売を開始したが、「こつこつとパエリア弁当やサンドウィッチを作っても、従業員の給料を守れない。そこで打開策を考えたのです」。冷蔵庫に残っていた生クリームとチーズを見て思いついたのがバスクチーズケーキだった。レシピは従業員のシェフが持っていたが、「世に出たことはなかった」。

 試しに1ホール2000円で数量を限定して店頭に並べてみた。すると、甘すぎず、口当たりの良いチーズケーキは評判に。「変な違和感がありました」。この違和感に気づけたことが、大きな転機だったのかもしれない。

 金村さんは、これなら売れると確信。ケーキを入れるきれいな箱を用意した。ブランディングを意識し、デザインに凝った専用のサイトやインスタグラムも立ち上げた。

 次に、販路の拡大。インターネット販売だ。1ホールの価格は税込み2600円。チルド発送の料金を一律1000円とし、全国展開を考えたのだ。

 ただ、金沢市の店頭では評判の商品も、全国的な知名度は当然、ない。「金沢の間口では追い付かない。このチーズケーキを日本中にどうやって知っていただくか」。金村さんが注目したのは、SNSの影響力だった。

「エンリケ」さんへのDMが奏功

 インスタグラムやツイッターなどで他のユーザーへの影響力が大きい芸能人や文化人は「インフルエンサー」と呼ばれる。100万人規模のフォロワーを抱える人も少なくない。

 「もしお口に合えば、拡散していただければ…とDM(ダイレクトメッセージ)でインフルエンサーの芸能人にコンタクトを取り、送付先を聞いたうえで、チーズケーキを送りました」

 白羽の矢を立てたのは、タレントや実業家、YouTuberとして活躍する「エンリケ」こと小川えりさんだった。金村さんの戦略は奏功し、小川さんはじめ、モデルら多くの芸能関係者がチーズケーキをインスタグラムに掲載し、瞬く間に拡散していった。

 インスタグラムを通じて「1人1ホール食べられる」「今まで食べた中でいちばんおいしい」といった反応が寄せられているという。チーズケーキは現在、1日約200個(ホール)が売れ、JR金沢駅のスペイン料理店の屋台骨を支えている。金村さんはしみじみと語った。

 「あのチーズケーキがなければ、店はつぶれています。救世主です」

コロナ禍にオープンした飲食店の戦略

 飲食店経営では、従業員の人件費や賃料などの固定費が重くのしかかる。東京・五反田の創作フランス料理店「kitchen g3」はコロナ禍の昨年8月にプレオープンし、同9月に正式オープンしたばかりだったが、SNSで1万5000円の「特製お取り寄せセット」の販売を告知したところ、100個を即日完売した。

 しかし、オープン間もない飲食店のSNSが、これほどまでの影響力があるのか。オーナーシェフの山口弘さん(39)は「実は10年前から個人でSNSを続けていました。少しずつフォロワーが増え、それが財産になりました」と明かす。

 山口さんは大阪で修業を積み、都内有数の高級住宅地、東京・渋谷の神泉町にある鉄板焼き店で料理長として勤務。銀座ではビストロ、三軒茶屋では創作フランス料理店を経営した経験を持つ。一貫して続けていたのがSNSの更新だった。「どんな些細なことでも書いて、投稿を続けることが大切です。こんなメニューを作ったなあと、後になって備忘録にもなります」と話す。

「特製お取り寄せセット」2時間で完売

 勤務先や経営する店の所在地が変わっても、山口さんのSNSは変わらない。それが、オープン間もない五反田の創作フランス料理店でも役立ったというわけだ。

 黒毛和牛のローストビーフや「シャルキュトリー」と呼ばれる肉の加工品、総菜などを詰め合わせた特製お取り寄せセット。パスタソースなどが真空パックに入れられており、湯煎(ゆせん)したり、フライパンで簡単な調理をしたりするだけで、家庭で本格的なフレンチやイタリアンを味わえるという趣向だ。「完全再現とまではいきませんが、外食の気分は味わえます」と山口さんは胸を張る。

 だが、そんな自慢の商品がSNSで告知されていた期間は、昨年12月のほんの一瞬だった。「店舗のLINEに登録している人には、LINEで告知しました。告知中はSNSでメニューを見られるようにしていましたが、100個完売と同時にメニューを削除しました」。完売までにわずか2時間。つまり、セットのメニューを見ることができたのは、相当限られた人だったということになる。

 それでも、購入したのはこれまで山口さんの料理に魅せられた常連客だけでなく、半数は新規の客だった。「SNSは効果がすぐに出るわけではありません。魔法のような技はないので、コツコツと投稿を続けることが大切だと思っています」と山口さん。コロナ禍の逆境の中でも、売り上げは堅調に推移しており、今後も月に一度、テイクアウトメニューの発送を考えているという。

 これまで地道に更新を継続してきたからこそ、そのSNSが店の窮地を救ったのかもしれない。

平均来店人数は半減

 特別措置法に基づき首都圏1都3県で発令している緊急事態宣言は、今月7日までの期限が21日まで2週間延長され、飲食店にとっては厳しい環境が続く。

 全国約7000店の飲食店のデータを持つ「テーブルチェック」によると、午後10時までの時短営業が要請されていた緊急事態宣言発令前の昨年11月28日~今年1月7日までは、1日当たりの平均来店人数が35.5人だったが、午後8時前の時短営業が要請されている発令後(2月28日まで)は17.7人と半減した。同社は「緊急事態宣言を伴う厳しい時短営業要請は、飲食店の客足に与える影響がより大きい」とみている。

 一方で、堅調に売り上げを伸ばしているのが飲食店のテイクアウト商品だ。1店舗当たりのテイクアウト平均注文件数は今年1月が1日当たり3.6件。それが2月になると、同4.3件と1.2倍に増加している。

 同社は「テイクアウト商品の販売は新たな生活様式への適応から需要が伸びている市場でもある」と指摘。「店内喫食以外の売上を確保して収支の分散化を図ることができるため、テイクアウトなどの中食事業を収益柱の一つとして育てられるかが、今後重要なポイントとなってくる」と分析している。

 飲食店は生き残りをかけて、競合店との差別化を図りながらテイクアウト商品の販売を模索している。販路拡大の一助となるのがSNSだが、どのように活用すれば効果的なのか。まさに「戦略」が問われているといえそうだ。

SankeiBiz編集部 SankeiBiz編集部員
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