ソニー・初代CFO、伊庭保氏に聞く 「創業者のDNAを継承し、種まきを」
新たな経営体制をスタートするソニーグループについて、ソニーで初代の最高財務責任者(CFO)を務めた伊庭保氏(85)に聞いた。(黄金崎元)
--現在の好調なソニーをどう見ているのか
「なかなか黒字化できず、長期間苦しんできたので、素直にうれしい。ただ、今の好業績は1人の経営者、1つの世代で良くなったものではない。何十年もかけて積み立ててきた遺産を育ててきた結果だと思う。盛田(昭夫、創業者)さんはエレクトロニクス事業だけでは生き残れないと思い、映画や音楽、金融、ゲームにも事業の裾野を広げて礎を作った。それぞれ苦難の道があったが、のれんの償却なども済み、今がある」
--2014、15年に「ソニー・スピリット」への回帰、技術重視の経営を求める提言書を経営陣に送った
「当時は長期低迷から抜け出せず、井深(大、創業者)さんや盛田さんのことを考えると、黙っていられなかった。ソニーが成長できたのは井深さんや盛田さん、岩間和夫さん(元社長)ら優れた技術者が経営者となり、新しいことに挑戦してきたからで、昔は自由闊達(かったつ)に議論する文化もあった。それが技術が軽視され、中長期でチャレンジできない会社となり、企業理念も見えなくなってしまった」
「そこで複数のOBの意見を聞き、ソニー・スピリットへの回帰や取締役会の構成比の見直し、技術系人材の経営への参画などを訴えた。当時トップだった平井(一夫、前CEO)さんから回答はなく、株主総会に3回出席して手を挙げたが、無視され続けた。とても悲しい気持ちになった」
--いつから技術が軽視されるようになったのか
「出井さん(伸之、元CEO)の時代から迷走が始まったと思う。ファウンダー世代の空気を払拭しようとして『EVA(経済的付加価値)』という指標を導入し、管理を厳しくしたため、イノベーションを起こせなくなった。03年には委員会等設置会社に移行し、盛田さんが導入した合議制から単独決済に変更した。後任のストリンガー(ハワード、元CEO)さんも社外取締役の構成比を増やし、技術系人材を経営から遠ざけた」
--エレクトロニクス事業の切り離しなども提言もしていた
「本体のエレキを取り出して社名をソニーにすると良いと提言したが、(今回のソニーグループで)同じようなことをした。提言書がどういう風に扱われたのか知らないが、気が付いたら、問題点や課題をほぼ網羅していたと思う。議論を深めるため、社内取締役を過半数に増やしてほしい。技術がベースの会社なので、せめて取締役会にCTO(最高技術責任者)を入れてほしい」
--吉田憲一郎社長は創業者の価値観を取り入れた企業理念を策定した
「グループが目指すべき方向性を示す上で、井深さんや盛田さんに回帰することは正しい。ただ、(吉田氏が掲げた企業理念は)『世の中にないものをやる』『自由闊達にして愉快なる工場』などに触れられていない。そこが残念だ。2人の創業者のDNAを継承し、世の中にないものをやる会社になってほしい」
--新規事業を育てていくには何が必要か
「稼ぎ頭となったCMOSイメージセンサーは岩間さんが井深さんの反対を押し切って、1970年代に源流となるCCD(電荷結合素子)の開発を始めた。本人は『20世紀中の回収は難しい』と言い、90年代にCMOSに転換し、今、大きな花を咲かせている。事業の柱に育てるには、経営者は長期的な視点を持たないといけない」
--イノベーションを生み出すのに必要なものとは
「今はアップルにお株を奪われたが、昔は世の中にない製品を生み出し、自分たちが新しい文化を作るという気概を持った技術者が多かった。プレイステーションは3DのCG画像をゲームに取り込んだ久夛良木(健、元副社長)さんと音楽業界に精通する丸山(茂雄、ソニー・ミュージックエンタテインメント元社長)さんが組み、新たな市場を開拓した。プレステは社内の反対があったが、大賀(典雄、元社長)さんがけしかけて、任天堂を見返した。経営者が技術者に新しいことを挑戦させる土壌を作ってあげることも大事だ」
--今後の経営課題は
「今の事業ポートフォリオだけで、いつまでもうまくはいかないので、種まきをしないといけない。事業の選択と集中で経済合理性を重視し、独自に研究開発してきたディスプレーや有機EL、電池事業を手放した。昔のように辛抱していれば、先の楽しみがあったはずだ」