新線探訪記

小田急多摩線“相模原延伸”いつ開業? 9キロ離れた2つの「相模原駅」問題浮上

SankeiBiz編集部

 小田急線の新線計画、と聞いてピンとくる人はどれほどいるだろうか。正確には、小田急多摩線の延伸で、終点の唐木田駅(東京都多摩市)から町田市北西部やJR横浜線の相模原駅(神奈川県相模原市)を経てJR相模線上溝駅(同)に至る約8.8キロの延伸が計画されている。速達列車の運転も想定しており、相模原駅から新宿駅までは48分で結ばれるという。ただ、延伸開業後は小田急線に約9キロ離れた2つの「相模原駅」が誕生してしまう可能性も。「新線探訪記」の3回目は、開業時期や“駅名問題”が気になる小田急多摩線の延伸計画をレポートする。

のどかな里山にできる新駅

 「新駅ですか? いつになるか分からないよ。(住民向けの)説明会も開かれないし」

 里山の原風景が広がる町田市北西部の上小山田町。しいたけ生産直売所を切り盛りする女性(74)は新駅設置に期待をのぞかせつつ、「駅ができる頃には、私なんか生きてないかもしれませんね」とこぼした。

 「小田急多摩線小山田駅の早期実現を」

 こう書かれた横断幕やのぼりが風に揺れていた。延伸計画では、上小山田町に新駅が設置されることになっている。東京湾に注ぐ鶴見川の源流も上山田町にある。田畑の中に住宅の点在するのどかな景色。町田市内だが、小田急線の町田駅まではバスで30分ほどかかる。多摩線の新駅ができれば、乗り換えなしで新宿までアクセスできる。利便性は飛躍的に向上する。

 「延伸計画があったので上小山田町に一軒家を買ったのです。唐木田から先は延伸を考えた設計になっていますが、まだ着工していません」

 こう語るのは、鉄道評論家の川島令三さんだ。現在は山梨県内に住んでいるが、延伸を見越して1984年から約10年間、上小山田町に住んでいたという。「小田急としては複々線化の工事が終わったら、多摩線の延伸に着手するという話でしたが、まだ(延伸を)やる気はありません」と川島さん。「用地買収の費用もそんなにかからないはずなのですが」と首をかしげる。

 町田市と相模原市、小田急電鉄や有識者らで構成する「小田急多摩線延伸に関する関係者会議」などの報告書によると、多摩線延伸は、1985年の運輸政策審議会答申で「唐木田駅から横浜線方面について、今後、新設を検討すべき方向」と位置づけられ、2014年には町田市と相模原市が小田急多摩線延伸の推進に関する覚書を締結。2016年の交通政策審議会答申にも盛り込まれた。

 JR相模原駅に隣接する米陸軍相模総合補給廠(しょう)の一部が返還され、跡地の再開発計画も具体化。道路直下に多摩線の新駅が建設されることになった。計画は一気に加速するかに見えたが、いまだ着工はおろか、事業化にも至っていない。

 なぜか。町田市交通事業推進課の担当者は「さまざまな課題がありますが、いちばん大きいのが収支採算性と思います」と指摘する。上溝までの「一括整備」では採算性に課題があると試算されたのだ。

 そこで有力視されているのが、唐木田-JR相模原間5.8キロを「先行開業」する案だ。その具体的な内容とは…。

 待避設備を設けて「緩急接続」

 多摩線が相模原駅まで延伸されると、ピーク時は1時間当たり9本(急行3本・各停6本)、日中は同6本(急行3本・各停3本)が運行される計画だ。小田急多摩センター駅には列車を追い越すことができる待避設備と折り返し用の引き上げ線も整備。ピーク時の急行は唐木田駅と町田市上山田町に設置される中間駅は通過する案が示されている。多摩センター駅で急行、各駅停車相互の乗り換えを可能とする「緩急接続」を図るものとみられる。

 終点の唐木田駅の先には車庫がある。このうち2本の線路が将来、多摩線の延伸部分の本線になる予定らしい。現在は壁になっている終端部分に坑口がつくられ、町田市の上小山田町方面に向かってトンネルが掘削される計画だ。

 事業は都市鉄道等利便増進法に基づいて進められ、延伸部分の整備は公的主体、列車の運行は小田急電鉄が担う「上下分離方式」での経営を想定している。運賃は小田急の運賃体系に50円を加算。新線が開業すれば、相模原駅から新宿駅までは12分短縮され、上溝駅からは22分の短縮効果があると試算されている。概算の工事費は1300億円だが、相模原駅までの先行開業案なら870億円に圧縮できる見込みだ。

 先行開業案が現実味を帯びつつあるが、小田急電鉄は「鉄道ネットワークの役割として、お客さまの乗り継ぎ、利便性向上の観点から意義のある施策だと考えています。一方で事業採算性に課題があり、継続して検討していきます」(広報担当者)としている。営業主体が小田急と決まったわけではないので、鉄道事業者としてはコメントも難しいのかもしれない。

 気になる開業時期はいつなのか。報告書は2033年を「開業想定年次」としている。しかし、これはあくまで想定だ。しかも、「想定年次を決めないと調査検討できないので、一旦想定した年次を定めて調査しただけで、2033年開業というところは決まっていません」(相模原市交通政策課の担当者)。少なくとも事業化されていない以上、2033年開業に向かって事業計画が進んでいるという状況ではないようだ。

 相模原市は人口約72万人。新聞などでは、県庁所在地と同様、都道府県名を省略して報道される政令指定都市だ。市内には、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙科学研究所や有名大学のキャンパスがあるほか、JR橋本駅付近にはリニア中央新幹線の駅も設置される予定だが、関東地方以外に住んでいる人にとってはあまり馴染みのない自治体名かもしれない。

 とはいえ政令市である。多摩線が延伸する相模原駅(同市中央区)は、さぞや立派なターミナルかといえば、そうでもない。自治体の規模の割には小ぢんまりとした印象がある。

 相模原駅は市役所の近くに立地しているのだが、残念ながら、市を玄関口というわけでもないようだ。市北部には京王相模原線などが乗り入れるターミナルの橋本駅(同市緑区)、南部には小田急小田原線と江ノ島線が分岐するターミナルの相模大野駅(同市南区)がある。要は市の中心地が分散しているのだ。隣接する町田市のターミナル機能が町田駅に集約されているのとは対照的だ。

 今はまだ中途半端な印象を受ける相模原駅だが、いずれ小田急多摩線が乗り入れれば、新駅と相模原駅の間は地下連絡通路で結ばれ、「ターミナル」となる。駅に隣接する米陸軍相模総合補給廠跡地の再開発が進めば、相模原駅の利用客もさらに増え、市の玄関口として発展するかもしれない。

 一方、鉄道評論家の川島さんは「多摩線がJR相模原駅から国道16号の地下を北上するルートを取れば、JR橋本駅付近のリニア駅に到達します。上溝駅ではなく、リニア駅と接続すれば利用者も増えるでしょう」と指摘する。そのうえで、「知り合いの小田急の関係者も『(国道)16号を北上してリニア駅につなげたい』と話していました」と明かした。

小田急相模原と小田急多摩線の“相模原新駅”

 多摩線延伸の事業化に際し、検討課題として挙がりそうなのが、小田急電鉄に2カ所できる「相模原駅」の問題だ。1つは小田急小田原線の小田急相模原駅(同市南区)。そしてもう1つがJR相模原駅付近に設置される新駅(同市中央区)である。

 新駅の名称は未定で、あくまで仮定の話となるが、小田急多摩線の新駅がJRと同じ「相模原駅」になった場合、小田急線に小田急相模原と相模原が併存することになる。

 東京都内では、JR青梅線の「青梅駅」(青梅市)と、新交通ゆりかもめの「青海駅」(江東区)が似ていて間違いやすい駅として知られる。小田急相模原駅と相模原駅が同じ小田急線に存在するという状況は、初めて利用する人にとっては混同しやすいかもしれない。しかも両駅は9キロ近く離れており、町田駅での乗り換え時間も含めると電車で約30分もかかる。混同を避けるため、川島さんは「駅名を変えることになるのでは」と予想するが、報告書には駅名についての言及はなかった。

 小田急の担当者は駅名について「本腰を入れて議論すべき対象になっていません」と話す。確かに、事業化にも至っていない現段階で、まだ検討すべき課題ではないだろう。相模原市も「駅名がどうなるか、オフィシャルに検討したことがない」(交通政策課)としている。

 とはいえ、小田急多摩線の延伸が実現する時には、この駅名問題も浮上するに違いない。小田急相模原駅は1938年、「相模原駅」として開設され、のちに現駅名に改称された。地元では「オダサガ」という略称でも親しまれ、第93回選抜高校野球大会で10年ぶり3度目の優勝を飾った東海大相模(東海大学付属相模高等学校)の最寄り駅としても知られている。

 関西のJRおおさか東線には、「JR淡路駅」(大阪市東淀川区)と「JR野江駅」(同市城東区)がある。前者は阪急電鉄に淡路駅、後者は京阪電気鉄道に野江駅があったため、区別するために「JR」が付いた経緯がある。京成千葉駅(千葉市)も1987年までは「国鉄千葉駅前」というバス停や路面電車の停留所のような駅名だった。新駅が「JR相模原駅」となるのか、それとも小田急相模原駅が別の駅名に改称されるのか。それはいつか来るであろう、延伸開業時の楽しみの一つだ。

SankeiBiz編集部 SankeiBiz編集部員
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