「どうして大阪だけ…」 無観客に芸術活動疲弊、苦悩のオーケストラ
新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言の長期化で、芸術活動を行う団体への影響も深刻化している。大阪府を拠点に活動するオーケストラは、府が要請してきたイベントの「無観客開催」にも頭を悩ませてきた。動画配信に取り組むケースもあるが、ダイナミックな生音、舞台上と客席の一体感にこだわってきたオーケストラの模索は続く。
悩み続けて結局中止に
「いっそ、兵庫県のホールに会場を移そうか」
5月中旬、大阪市西成区に拠点を置く大阪フィルハーモニー交響楽団では、28、29の両日、フェスティバルホール(大阪市北区)で予定していた5月定期演奏会の開催をどうするか繰り返し話し合っていた。
府は緊急事態宣言に伴い、規模や場所にかかわらずコンサートなどのイベントの無観客での開催を求めてきた。一方で、政府は演奏会などのイベントは5千人までであれば、50%まで観客を入れることが可能としている。同じ緊急事態宣言下の兵庫や京都では原則このルールに従って、コンサートを開くことができる。
「大阪では病床が逼迫(ひっぱく)して、人の流れを止めなければならないのは分かっています」。演奏事業部長の福山修さんはこう話す。「でも、1年間、オーケストラやホールは感染防止対策を練ってきて、一度もクラスターを起こしたことがない。お客さまにどうにか音楽を届けたくて悩み続けました」
直前まで、要請の緩和を待ちながら会場変更など代替策についても検討を繰り返し たが、結局、5月19日、開催10日前を切って5月定期演奏会の中止を発表した。
「東京や名古屋でオーケストラのコンサートが開かれているのを聞くと、どうして大阪だけが、と悔しくなります」。大阪フィルの若手事務局員はつぶやいた。
知事に要望書提出
プロ野球などと違い、テレビ中継があらかじめ予定されていないコンサートを無観客開催にするとなれば、新たにライブ配信やアルバム製作、DVD製作などを計画して、会場の外に〝聴衆〟を作るほかない。
ただ、配信やアルバム作りには多額のコストもかかる。有料配信をしてもなかなか収益を上げられないのが実情だ。福山さんは「府の無観客開催の要請には、『配信すればいいのではないか』という意味が含まれているかもしれないが、われわれにとっては中止、延期を言い渡されたも同然のこと」という。
大阪フィルでは昨年度、予定していた100回の公演のうち、45公演が中止となり、10公演が延期となった。窮地を知ったファンからの寄付金が大幅に増え、損失を補えたが、今年度は昨年度ほどの寄付金は見込めないと想定している。
ほかの府内のオーケストラも似たり寄ったりの状況だ。大阪交響楽団と関西フィルハーモニー管弦楽団、日本センチュリー交響楽団は今回の緊急事態宣言が発令されて以降、予定していた観客を入れる府内での全ての公演を中止・延期した。中止となると、ホールなどへのキャンセル料も発生する。「年末の第九コンサートのキャンセルも入ってきた」と経営逼迫を心配するオーケストラもある。
4つのオケは5月20日、「イベントの無観客開催」を緩和するよう求める吉村洋文知事宛ての要望書を提出。「演奏は直接生で届けてこそ。無観客で成立する性質のものではないと痛感している」などと訴えた。
観客あっての活動
要望書を提出後の5月23日、関西フィルは奈良県が主催する音楽祭「ムジークフェストなら」に出演し、県が準備を進めてきた有料配信コンサートを行った。会場となる奈良市がコロナ禍で特別警戒警報を発令していることなどから、無観客での配信だ。
「グロッケンの音がちょっときついね」
リハーサル、客席の外に置かれた音響機材と映像モニターの前で、団長の手塚裕之さんがマイクを通じてひろった音を、実際に生で聴く音楽にできるだけ近づけようとスタッフと一緒に丁寧にチェックしていた。
「本番となれば、演奏に没入するだけ。配信でも良いものを届ける気持ちに変わりはありません」とコンサートマスターの岩谷祐之さんは断言する。ただ、「それでも客席の反応、拍手がないと寂しいのは事実」とも吐露した。
「私たちの仕事はお客さまあっての舞台芸術。お客さんに喜んでもらって、評価してもらってこそ存在する意義がある」と専務理事の浜橋元さんは話す。今回は依頼者である奈良県の予算で配信が可能になったものの、オーケストラの自力では配信に踏み切れない。そして、できればやはり、配信と同時に、客席に聴衆も入ってほしいと願っている。「オーケストラ公演の本質は、ひとつの空間で同じものを体験して共感して喜びを得ることではないでしょうか」
コロナ禍で公演中止などに追い込まれた文化芸術団体などの活動を支えるため、国はいくつかの助成事業を進めている。
令和2年度の第3次補正予算で設置された「アーツ・フォー・ザ・フューチャー(未来のための文化芸術)!」は、芸術団体や個人に対して最大2500万円を支援する制度だ。
一方、経産省は動画など海外向けデジタル配信を前提に、キャンセル料を支援する補助金制度を設けた。担当者は「日本のコンテンツの生き残りを目的にしている。配信が足かせになってはいけないので製作費用も出す」と強調する。