在京民放5社が運営する動画配信サイト「TVer(ティーバー)」が存在感を高めている。新型コロナウイルスの感染拡大で「巣ごもり」を余儀なくされ、人気ドラマやバラエティー番組をテレビではなく、TVerで視聴する人が増えているようだ。“黒船”ともいえる海外の動画配信大手が日本市場に次々と進出。メディア環境は大きく変化しているが、TVerの強みは「無料」で各局の人気番組を視聴できることだという。本来はライバルである各局がタッグを組み、テレビとインターネットを融合させたサービスは、若者の「テレビ離れ」を食い止めることができるのか。
累計アプリDL数3500万を突破
「『テレビ離れ』が進んでいるわけではないと思っています。リアルタイムで視聴するというテレビの見られ方が変わっただけで、テレビ番組は今もSNSやネットニュースで話題の中心です」
TVer広告営業部の古田和俊部長が強調する。TVerは2015年10月に配信をスタート。テレビ放送後の約1週間、対象番組を広告付きで無料で配信している。ドラマやバラエティーなどを中心に、各局が毎週、人気番組を提供。パソコンは公式サイト、スマートフォンやタブレットは専用の無料アプリをダウンロードしてそれぞれ利用できる。系列局やBS局の一部番組も配信され、好きなタレント名で番組も検索可能だ。2019年8月からはNHKの一部番組も視聴できるようになった。
新型コロナの感染拡大を受け、各テレビ局では昨春以降、ドラマとバラエティー番組の収録がほとんどできなくなった。各局から提供された過去の名作ドラマでしのいだ時期もあったが、昨年7月から新作ドラマの撮影が再開されると、TVerでも新作ドラマの配信を開始。呼応するように、ユーザー数は一気に増加したという。スマホ、タブレットなどの累計のアプリダウンロード数は3500万を突破し、ネットユーザーの関心の高さを裏付けた。
TVerならではの強みも発揮されている。お笑いコンビ「千鳥」がMCを務めるABCテレビの「相席食堂」は、放送エリアが限定される関西ローカルの番組だが、TVerのバラエティー部門で再生数トップ3に入る人気コンテンツになったのだ。「全国の皆さんにお届けできる」(古田部長)のもTVerの利点だ。
インプレス総合研究所の動画配信ビジネス市場動向調査によると、有料動画配信サービスの利用率は25.6%で、2年連続で4ポイント以上増加した。よく視聴する無料動画配信サービス、動画共有サービスはユーチューブ(YouTube)が95.5%で突出していたものの、SNSのツイッター、LINE、インスタグラムに続き、TVer(前年調査から7.3ポイント増)も大きく順位を上げた。すでに「ニコニコ動画」を凌(しの)ぐ勢いとなっている。
広告の最適化にも寄与
TVerの好調を支えているのが、インターネット回線に接続された「コネクテッドTV」だ。パソコンやスマホではなく、テレビ画面で視聴するユーザーが増えているという。「コネクテッドTVで視聴する人は当初5%にも満たなかったが、昨年2月には7%と漸増。コロナ禍で需要が一気に拡大し、今年2月には全体の23%を占めるまでに伸長した。すでにパソコンを上回り、スマホに次ぐデバイスとなっている。
サイバー・コミュニケーションズのレポートによると、テレビのネット接続率は2020年6月時点で50%を超えた。若年層だけでなく、中年層の視聴者も増加しており、国内のコネクテッドTV広告の市場規模は、2024年に558億円に成長すると予測されている。古田部長は「スマホは1人ですが、コネクテッドTVなら親子、家族が一緒に視聴できます。広告目線でも注目していて、視聴者の属性を把握し、ターゲティングに力を入れていきたいと思っています」と話す。視聴者の性別、年齢、居住地の精度は約94%。コンテンツによるターゲティングで広告主のニーズに合わせた商品開発を進める方針だ。
見逃し番組を無料で配信するTVer。その仕組みが今、番組の認知度向上や、テレビ視聴者のつなぎ留めに一役買っていることは間違いない。それだけでなく、ネットの違法動画対策にもつながっているようだ。古田部長は「動画投稿サイトに(番組を録画した動画が)違法アップロードされると、制作者や出演者、脚本家らに対して権利配分されないという問題が生じます。一方、TVerで配信されているコンテンツはすべて放送基準に照らし合わせて制作されたコンテンツで、権利処理もされています。ブランドセーフティーの観点からも、広告出稿していただく媒体として優良であると自負しています」と強調する。
ただ、権利処理の都合や各局の方針で配信される対象番組は限られており、配信されるのはドラマやバラエティーがほとんど。古田部長は「各系列局に『これは』という番組を提供してもらって、サービスを拡充させたい」と意気込む。
アマゾンやネットフリックスといった海外勢が日本の動画配信市場に参入し、まさに群雄割拠の様相を呈している。“黒船”に対抗するためにも、日本の放送界が手を携えるTVerのさらなる成長には、在京、在阪キー局だけでなく、系列局も含めたコンテンツの拡充がカギを握っているといえそうだ。