東証一極集中という「旧石器時代」に挑む…私設取引所の現実
東京証券取引所の大規模なシステム障害を受け、証券取引所を介さずに株式を売買する私設取引所(PTS)が代替市場として定着するか注目を集めている。PTSの市場シェアが1割以下にとどまる現状に、ネット金融大手SBIホールディングスの北尾吉孝社長は「旧石器時代のようだ」と東証を運営する日本取引所グループ(JPX)への攻勢を強める。ただ、証券各社の多くは遠巻きに静観する構えで、PTS市場活性化の見通しは定まらない。
「断固として戦う」
「東証の代替として機能する市場をつくる」
SBIの北尾社長は4月の決算会見で、大阪に立ち上げるPTS「大阪デジタルエクスチェンジ(ODX)」について、その意義をこう強調した。
SBIは4月1日付で三井住友フィナンシャルグループと6対4の出資比率でODXの運営会社を立ち上げ、社長にはSBI子会社から執行役員を送り込んだ。ODXは来年春に普通株の取引を開始する予定で、令和5年以降には暗号化する技術を活用したデジタル証券「セキュリティートークン」を扱う市場機能も整備する考えだ。
北尾氏がPTSの重要性を繰り返し強調するようになったきっかけは昨年10月、東証に大規模なシステム障害が発生したことだ。終日取引ができずに株式市場は大混乱に陥り、東証は社長が引責辞任に追い込まれた。代替市場があれば、株売買の打撃を軽減できたとみられる。
北尾氏は同月の会見で、政府が国際金融都市構想を進めていることにからめて「こんなひどいシステム障害がどんどん起こる一極集中の国で、どうやって国際金融都市を生み出せるのか」と指摘。PTSの重要性を説明した上で「競争させて両方のサービスを良くするのが政府の役割だ」と注文を付けた。
JPXに対しては「旧石器時代みたいなことをずっと守り続けている。あり得ない」と舌鋒(ぜっぽう)鋭く批判。JPXや金融庁と「断固として戦う」と気炎を上げた。
シェア1割未満
日本でPTSが制度として導入されたのは平成10年までさかのぼる。取引所同士の競争を促し、投資家のコストを下げる狙いから始まり、大和証券グループやマネックスグループなどが相次いで参入した。
しかし、現在もサービスを続けるのは、SBIグループのジャパンネクスト証券とチャイエックス・ジャパンの2社のみ。東証に9割近い取引が集中する一方、PTSのシェアは売買代金ベースで1割未満にとどまる。東証のトラブルがあった際にも、PTSが代替市場として機能することはなかった。
金融庁の資料によると、米国ではPTSなどのシェアが3~4割を占め、最大の取引所であるナスダックでも15%程度。イギリスやフランス、ドイツも一般の取引所が全体の6~7割にとどまり、日本の東証一極集中ぶりがよく分かる。
背景には証券会社の最良執行方針がある。各社は投資家の注文に対し、価格やコスト、スピードなど最も条件のいい市場で売買するとされている。しかし、判断基準は各社に任されており、大手証券はPTSを積極的に利用していない実態がある。
そこで金融庁は昨年12月、最良執行に関する審議会を立ち上げた。参加したPTS2社は最良執行について「形式的なものが多いため、結果的に東証に発注してしまうケースが多い」などと問題点を挙げた。金融庁は議論を踏まえて6月、個人投資家の売買では株価を重視した最良執行方針に変更するよう促す報告書をまとめた。
SBIに警戒感
それでも証券業界は慎重姿勢を保っている。
日本証券業協会の鈴木茂晴会長(大和証券グループ本社名誉顧問)は1月の会見で、最良執行に問題があるとしつつも「米国とは環境がかなり違い、同じように日本にあてはまるとは思っていない」「各社がさまざまな要素を総合的に勘案しており、海外と同じではない」と言及。市場関係者の意見を踏まえて検討するよう求めた。
実際に証券会社の関係者は「PTSは取引高が少なく、価格の流動性がない。投資家は流動性がある方を向いている」とする。一方で、PTSの存在意義は多くが認めており、JPXとの連携に期待する声もある。
JPX側はどう見ているのか。清田瞭(あきら)最高経営責任者(CEO)は「PTSに対して何らかの形で圧迫しようとかはない」と強調。その上で「東証はグローバルに戦っているのであって、PTSや地方取引所と戦っているわけではない」と距離を置く。
対する北尾氏は独自に大阪・神戸で国際金融都市構想を進めており、ODXとSBIが出資する大阪堂島商品取引所を中核としている。大阪府では吉村洋文知事を口説いて構想を進めており、行政や地元経済団体でつくる推進組織の中で、今後の取り組み方針のたたき台の文言に「私設取引所の育成」を盛り込ませた。
ただ、SBIが国際金融都市構想だけでなく、PTSの議論でも存在感を強めることには警戒感が根強い。証券業界からは「1企業だけでつくるのは難しい」という声が上がり、「政府のお墨付きが得られるかが重要」としている。昨年の東証のトラブル以降も、目立ってPTSのシェアが伸びているとはいえない状況なだけに、「投資家の注目も一過性に終わるかもしれない」という懸念が出ている。(岡本祐大)