価値共創

「mixiは90%以上の確率でFacebookになれた」米VC代表が語る課題と展望

SankeiBiz編集部

 ハイテク企業が集積する米国シリコンバレーを拠点に、米国や日本、東南アジアで200社以上のスタートアップに投資してきたベンチャーキャピタル(VC)「ペガサス・テック・ベンチャーズ」。その共同代表パートナー兼CEO(最高経営責任者)は異色の経歴の持ち主だ。「メイド・イン・ジャパン」の高い技術力に憧れて来日。文部科学省の奨学金を受け、東京工業大学工学部を卒業したという。流暢(りゅうちょう)な日本語を話すAnis Uzzaman(アニス・ウッザマン)氏に日本のスタートアップの課題と展望を聞いた。

大企業とベンチャーつなぐ架け橋に

――ペガサス・テック・ベンチャーズは世界16カ国に展開していますが、どのような基準で投資先を選んでいるのでしょうか

アニス氏:

 世界16カ国・地域に拠点を持っていますが、主に4つの地域に分けて投資しています。まずアメリカやカナダなど欧米とイスラエルで、投資先の5~6割を占めています。次に日本をはじめ、中国や韓国、台湾の東アジアです。第3にインドネシアやベトナムやフィリピンなど東南アジア、そして第4の地域がインド、バングラデシュ、パキスタンといった南アジアです。

 年間で3万~5万件ほどの案件がありますが、このうち実際に投資に至るのは30~40件ほどです。約1000件に1件、実に0.1%以下の割合となっています。投資先の選定基準についてですが、まず大企業と提携できそうなベンチャーであるかどうか注目します。

 投資ラウンド(投資する段階)にはシードからシリーズA、B、Cなどの段階がありますが、事業が軌道に乗り始めたシリーズBの企業であれば、ある程度のプロダクト(製品)が完成していて、顧客もいますが、起業前の段階であるシードのラウンドだと、投資先として判断するのはより難しいといえます。

 BtoB(企業向け取引)の企業であれば、どんなパートナー企業があるのか。BtoC(消費者)の企業なら、どういったお客さんがいるかリサーチします。例えば、アプリを開発する会社に投資しようとした場合、アプリのダウンロード数はもちろん、その会社の成長戦略やチーム構成、IT技術などを丹念に見ていくことになります。このほか、創業者がどのようなビジョンを持っているか、柔軟性はどの程度あるのかといったことも注視しています。

 政府系の投資ファンドや金融機関、保険会社が運営するファンドと異なり、ペガサス・テック・ベンチャーズでは、ほとんどのファンドが大企業のイノベーション推進のために作られたファンドであり、ペガサスがそれらファンドの運用を代行しています。いわゆる大企業が行なっているコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)の運用代行です。大企業がイノベーション・事業推進のためトップのベンチャーと事業提携・資本提携などを行う際に、ペガサスが支援するというCVCモデルです。現在、ペガサスは35の事業会社のこのようなCVCファンドを運用しており、世界中で110名のメンバーでグローバルに取り組んでいます。

――日本の食品大手である味の素とイノベーション基盤の強化に向けた協業を開始していますが、大手企業のイノベーションもサポートしているのですね

アニス氏:

 大企業とグローバルのベンチャー双方をつなぐ橋渡しの役を担っています。シリコンバレー発の最先端のCVCでイノベーションの創出を目指す「CVC4.0」というコンセプトを持っており、さまざまなビジネスモデルを持っているベンチャーを日本の大企業に紹介しています。例えば、世界では優れたAI(人工知能)技術、ロボット技術を持つベンチャー企業が数多くあります。しかし、日本国内にいながら、日本の大企業は、これらのベンチャー企業と接触するのは困難です。言葉の壁や文化的な壁を取り払い、溝を埋めていくのがペガサス・テック・ベンチャーズの役割だと考えています。

 味の素との協業も同様です。味の素は昨年、食と健康をテーマに自分たちでCVCを立ち上げていましたが、このCVCをうまく活用するために、グローバルのベンチャーのアイデアも取り入れていきたいとの思いがあったのです。では、どういったパートナーを入れるのが効率的か。そこでわれわれペガサスが、食品とヘルスケアの分野で味の素のパートナーとなり得るベンチャーのトップとつなぐことになったのです。

元大統領、Apple共同設立者らも賛同

――イグジット(出口)戦略も含め、さまざまな企業戦略をサポートしているのですか

アニス氏:

 ペガサス・テック・ベンチャーズには面白い特徴があります。それは何かというと、コーポレートベンチャーの中で研修プログラムを提供していることです。「ペガサスと一緒に勉強していきましょう」というわけです。トヨタ自動車グループの部品大手であるアイシン精機社は2019年、実際に約100人の部課長級の職員が渡米し、ペガサス・テック・ベンチャーズの研修プログラムを受けました。ゲームなど総合エンタテインメント大手のセガサミーホールディングス社や合成繊維の大手である帝人グループもペガサスの研修プログラムに参加しています。その結果、現場レベルで意識改革ができました。

 スタートアップ企業というのは、大企業の常識からみると「不思議ちゃん」に見えることもあるでしょう。オフィスには若い人が座っていますし、その考え方も尖がっています。こういったベンチャーとどのように組んでいけばいいのか。私たちは、さまざまな障壁を取り除くだけでなく、大企業の経営層から現場レベルの人に至るまで、専門外であるベンチャーについてのあらゆることをレクチャーしています。

――通信販売大手のジャパネットホールディングスと約50億円のベンチャー投資ファンド契約を結んだというリリースを見て少し驚きました。ジャパネットといえば、テレビ通販のイメージが強く、投資ファンドを立ち上げるイメージがなかったからです

アニス氏:

 ジャパネットとのファンドはとても刺激的な案件になりました。テレビ通販をメインにしてきたジャパネットですが、社長兼CEOの高田旭人さんには「地域創生にもすごく貢献したい」という思いがあって、地域支援の一環で地元の長崎に世界最先端の「スマートスタジアム」を建設するプロジェクトが2019年から始まっています。2024年の開業を目指しているスタジアムを中心に、商業施設やオフィス、教育施設なども開発し、子供の教育やシニアの方の生きがいにつながるサポートを手掛けていきたということでした。その高田社長の地域に対する思いに、われわれも何とか役に立ちたいと考えています。このファンドはとてもシンボリックなことだと思っています。

――ペガサス・テック・ベンチャーズは世界最大級のグローバルピッチコンテスト「スタートアップワールドカップ」を主催しています。1億円という優勝投資賞金だけでなく、グローバル企業、世界の著名人とのネットワークを築ける場としても貴重な機会となりますね

アニス氏:

 いろんな方の助けもあり、2017年に世界17カ国が賛同し、スタートアップワールドカップが始まりました。各国で予選を開催し、各国のチャンピオンがシリコンバレーに集結し決勝戦が行われます。AIとロボット技術を統合した「見守りロボット」を開発している日本のベンチャーも世界チャンピオンになっています。第2回は27カ国、第3回は36カ国と参加国も年々増えています。

 今年は60カ国以上で開催され、11月12日に決勝戦が行われます。Apple共同設立者の一人であるスティーブ・ウォズニアック氏やネットワーク機器世界最大手シスコ・システムズの会長、ソフトバンクのCOO(最高執行責任者)も登壇された実績があり、今年の決勝戦イベントには元アメリカ大統領のバラク・オバマ氏の登壇も予定されています。どなたもスタートアップワールドカップの趣旨に賛同し、無償でイベントをサポートしていただいています。

日本への恩返しで学生100人を招待

――日本の学生をシリコンバレーに招待する「学生スカラーシッププログラム」を始めたきっかけは何だったのでしょう

アニス氏:

 私は学生時代、文部科学省の奨学金を受けて日本の大学に通っていました。ここまでビジネスが広がったのは日本のおかげだと思っています。その恩返しをしたいという思いから、日本の学生100人を招待することにしました。それが学生スカラーシッププログラムです。シリコンバレーではワークショップも行われます。プログラムに参加した学生の中から、今後の日本をリードする経営者が必ず出てくると思っています。

 今年は新型コロナウイルスの影響で100人規模の招待は難しいかもしれませんが、25~30人ほどを招くつもりです。きっと大きな刺激を受ける機会になるはずです。グローバルな視野を持つ人が増えてくると思っています。このプログラムがうまくいけば、ほかの国にも広げていこうと考えています。

――かつて「Japan as No.1」と言われた日本ですが、残念ながら情報通信産業分野では後れを取ることになりました。日本のスタートアップの現状をどう見ていますか

アニス氏:

 日本のベンチャーは決して弱くなく、優秀な起業家たちがそろっていると考えています。グローバルで戦えるベンチャーも少なくありません。では何が課題かと言えば、絶対数が少ないということです。

 日本の起業家は真面目で頑張り屋さんです。グローバルな起業家は必ずしもそうではありません。時には1のものを5にも10にも大きく言うこともあるでしょう。日本の起業家は正直で謙虚なので、われわれ投資家としては投資しやすいですね。

 私は2000年に東京工業大学を卒業し、IBM などで技術開発に携わったエンジニアでした。東工大の学生は、卒業後にどこの大企業で働くかという選択で忙しくしていましたが、同じ時期にアメリカの名門大学を出た友人で大企業に就職した人数は非常に少なかったです。みんな自分で大きな夢をみています。そういう違いがあります。

mixi がFacebookになれなかった理由

――SNS(会員制交流サイト)の老舗であるmixi(ミクシィ)は、米国発のFacebook(フェイスブック)のように世界を席巻することはできませんでした

アニス氏:

 日本ではmixiがSNSの火付け役でした。そのmixiがなぜFacebookになれなかったのか。おそらくグローバルで戦うことに対してそこまでアグレッシブではなかったであろうことと、できるはずなのに踏み出す挑戦力が十分ではなかったのではと思うのです。mixiが持っていたコンセプトから言っても、90%以上の確率でFacebookになれたと思っています。両者の差はグローバル展開するアグレッシブな勇気や、資金調達などリソースの問題です。

 企業価値が10億ドル(約1000億円)を超える「ユニコーン」と呼ばれる未公開企業が日本で出てきにくい理由は、まず根本的な問題として、日本の人口が1億2000万という、ビジネスが成り立ってしまう人口だということがいえると思います。市場が微妙に大きいので、その中で完結してしまいます。だから日本の外のことまで考える必要がなく、東証一部上場で満足してしまうことが多いです。

 SNSに限らず、ほかの分野でもmixiのようにもったいない前例はあるかと思います。これからの日本の起業家は、ぜひわれわれと相談しながら、もっとグローバルなマーケットに挑戦してほしいと思っています。アメリカのトップ起業家と日本の起業家は、その技術力、質においては何も変わりません。あとはチャンスと勇気です。われわれはそんな起業家の背中を押す役目を担っていると思っています。

スタートアップの「共同創業者」

――日本のベンチャー企業、起業を志す人にメッセージがありましたらお聞かせください

アニス氏:

 起業家の皆さんもコロナ禍で事業の成長抑制を余儀なくされ、大変な思いだったと思います。そのコロナ禍もワクチン接種が進めば、徐々に抑えられていくと思っています。経済が再び成長していくポストコロナを見据えた準備をしないといけません。新しい資金、新しい企画を準備し、加速の波に乗っていく必要があります。

 どのような成長をしていけばいいか。そのタイムラインはどうすればいいのか。

 今後の成長に必要になってくるのが資金です。われわれとしても、それぞれの企業を助けていければと思っています。そのためのメンタリング(相談)も行っています。

 日本のスタートアップや、これから起業を考えている皆さんには、ぜひ最初から大きな夢をもってほしいと思います。そうすれば必ず、アジアのトップに出ることができます。自信をもって、その技術を世界にぶつけてほしいです。ペガサス・テック・ベンチャーズとしても全力でサポートしていきます。

SankeiBiz編集部 SankeiBiz編集部員
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