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新型コロナワクチン「任意接種」の大混乱 全体的な視点を持とう

 【雇用のプロ 安藤政明の一筆両断】ネットニュースで『「接種したら無期限の自宅待機」タマホーム社長が社員に“ワクチン禁止令”』という「週刊文春」の記事を見たときは衝撃を受けました。「ワクチンを接種しなかったら」ではなく、「ワクチンを接種したら」なのです。真相は分かりませんが、思わず「週刊文春7月29日号」を購入してしまいました。

 厚生労働省は、ホームページにおいて「新型コロナワクチンの接種は、国民の皆さまに受けていただくようお勧めしていますが、接種を受けることは強制ではありません」と示しています。さらに、「職場や周りの方などに接種を強制したり、接種を受けていない人に差別的な扱いをすることのないようお願いいたします」と「お願い」しています。

 ワクチン接種を受けることは強制ではなく、各個人の任意です。しかし、厚労省は、明確に「接種をお勧め」しています。タマホームも「接種しないようお勧め」するだけであれば、何ら問題はなかったということです。

 ところで、以前から何にでも「○○ハラ」と付ければいいようなイヤな傾向があります。最近は早速、「ワクチンハラスメント」、略して「ワクハラ」という言葉が出てきているようです。任意接種であるにもかかわらず、接種を受けることや、受けないことを強制することは、この「ワクハラ」ということになるのでしょう。しかし、「お勧め」するだけなら、基本的にワクハラではないわけです。

 ワクチン接種が個人の任意であることは、既に広く知れ渡っています。従って、明確に強制する事業所は、極めて少数派だろうと思います。

 一般に、事業所が労働者に接種を受けるようお勧めするケースは少なくありません。中には「強く」お勧めするケースもあるようです。その程度が強すぎればワクハラかもしれません。明らかに一線を越えるのは、接種を受けない労働者に対し、不当な差別的取り扱いをすることにあります。

 私が事業所から受けた相談には、ワクチン接種を受けない者に対して(1)解雇(2)退職勧奨(3)来客らと接する部署からそうでない部署への異動命令(4)賞与の減額(5)自費でPCR検査を毎月2回受けることを義務づけ-などができるかどうかでした。

 一見、どれも問題がありそうに感じませんか。しかし、事業所には事業所の事情があります。主に顧客や取引先などとの関係です。

 顧客から、「接客する店員はワクチン接種しているのか」と聞かれた。同業の近くの店舗が「当社の従業員は、全員ワクチン接種を予定しています」と貼り出していたため、こちらもそうしなければ顧客を失うという危機感がある。取引先から、「秋以降は未接種者は現場に入れないか、その都度PCR検査結果の提出を求める」という話があった。接種しない若い従業員が「感染しても若いから重篤化しない」と言っていて、周囲の中高齢労働者に大顰蹙(ひんしゅく)を買っている。いずれも、悩ましい理由だと思います。

 ネットでは、部署異動も差別的な取り扱いと決めつける記事も見られます。しかし、顧客らと直接接触する部署でなく、あまり人と接触しない部署に異動させることは、差別というより配慮ではないでしょうか。もちろん、異動後の職務内容が実質的に見せしめ的・いじめ的なものであれば、全くダメでしょうけど。

 厚労省は、未接種者らに対する「差別的な扱い」をしないように「お願い」しています。接種者を優遇するなというお願いはしていません。実際、自治体や飲食店などで、接種者優遇策をとる例が出てきています。事業所も、受けない者を差別しようと考えるのではなく、受けた者を優遇する方向で検討した方がよいでしょう。賞与やPCR検査については、応用できるかもしれません。

 接種者優遇は、結局は未接種者への差別だという考え方もあるでしょう。しかしワクチンに限らず、事業所の方針があって、これに応じる者と反する者がいる場合、応じる者を優遇するのは当たり前のことではないでしょうか。ただ、受けたくても受けられない人も存在しますから、このあたりへの配慮は必要不可欠だと思います。

 ワクチン接種が個人の任意であること自体は全く問題ないと思います。一方で、コロナ禍において経営努力を重ねる事業所の方針なども任意であることを忘れてはなりません。相互の「任意」の結果が異なる場合に、個別事業所を取り巻く環境や方針などが完全に無視されて、労働者の任意だけが強調されすぎているように感じます。

 たとえば、全員接種した飲食店と、1人も接種していない飲食店。どちらも同じくらい、うまい。お客さまは、どちらを選ぶでしょうか。何事もそうでしょうけど、自己判断だけでなく、お互いに相手の立場を尊重することと、全体的な視点をも考慮して判断したいものです。

 【プロフィル】安藤政明(あんどう・まさあき) 昭和42年、鹿児島市生まれ。熊本県立済々黌高、西南学院大、中央大、武蔵野大卒。平成10年に安藤社会保険労務士事務所開設。武道と神社参拝、そして日本を愛する労働法専門家として経営側の立場で雇用問題に取り組んできた。労働判例研究会、リスク法務実務研究会主宰。黒田藩傳柳生新影流兵法荒津会会員、福岡地方史研究会監事、警固神社清掃奉仕団団長としても活動する。