金融

特別買収目的会社「SPAC」 空箱上場の解禁、その期待とリスク

 【経済#word】#特別買収目的会社(SPAC)

 自らは事業を持たず、新興企業の買収のみを目的とする特別買収目的会社(SPAC)の上場解禁を検討する方針が、政府が6月に閣議決定した成長戦略に盛り込まれた。上場で集めた資金を買収に活用して買収先を存続企業にする仕組みで、スタートアップ(創業間もない企業)の早期上場や、有望な新興企業の育成促進が期待される。だが、SPACが台頭した米国では、この仕組みが業績見通しの不明瞭な企業の上場につながり、投資家が損失を被る問題も起きている。

 短期間で資金調達

 SPACとは、未上場企業の買収を目的とした上場会社のことで、英語表記(Special Purpose Acquisition Company)の頭文字を取り「スパック」と呼ばれる。米国や欧州の主要国のほか、韓国の証券取引所でもSPACの上場が認められている。

 その大きな特徴は、証券取引所に上場した時点では事業を持たないペーパーカンパニーであることだ。中身のない外枠だけの状態のため「空箱上場」や「裏口上場」とも言われる。

 まずは、この状態で上場した後、株式市場から調達した資金で一定期間内(原則2年以内)に有望な未上場のスタートアップやベンチャー企業を買収し、空箱企業に具体的な事業という中身を入れる。SPACは買収した企業と合併することで、実質的に買収された企業が株式市場での上場企業になる-という流れだ。

 大きなメリットは、上場に伴う厳しい審査を経ずに上場できる点だ。通常、新興企業が上場するには大量の財務資料を用意し、社会的に問題のない企業であることを証明する審査を経る。そのため、上場までには数年の時間と多大な労力がかかる。SPACを使えば、早ければ数カ月程度での上場が可能になる。

 SPACに買収されたスタートアップからすれば、早期上場を通して株式市場から短期かつ低コストでまとまった資金を調達できる。投資家にとっても、従来は限られた投資家のみが取引できた未公開株が市場公開される形になり、投資機会が増える。

 緩和マネー流入で急増

 調査会社SPACリサーチによると、米国における2019年のSPACの上場は59件で、調達資金総額が136億ドル(約1兆4800億円)だった。20年には4倍の248件、834億ドルに急拡大。21年は4月までに300件を超え、すでに前年を上回り、調達額も1000億ドルに達している。

 ブームの背景には、「新型コロナウイルス対策で各国の中央銀行が打ち出した大規模金融緩和であふれたマネーの投資先になった」(市場関係者)ことがある。米国の元プロスポーツ選手や著名人がSPACに関与する動きを活発化させたことも追い風となった。

 ブームは各国に飛び火しており、日本企業ではソフトバンクグループが今年、有望なテクノロジー企業の買収を狙い、米国でSPACを上場したばかりだ。

 しかし、過熱を懸念する声も強まっている。審査手続きが短いため、本来なら上場基準を満たさないような企業が上場するリスクが顕在化しているためだ。

 SPACに買収され上場を果たした電気自動車(EV)開発の米ローズタウン・モーターズは今年3月、架空の予約台数を公表した疑惑が明らかになり、株価が急落。昨年には、SPACに買収された同業の米ニコラも自社技術の誇張疑惑が浮上し、米自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)との資本提携撤回に追い込まれている。

 日本市場で根付くか

 日本では平成20年、東京証券取引所がSPAC上場解禁の検討をしたが、投資家保護の課題解決策を見いだせず、見送った経緯がある。日本取引所グループ(JPX)の清田瞭最高経営責任者(CEO)は今年6月の会見で、SPACについて「投資家保護をどうするか、企業のデューデリ(適正評価)を誰ができるのかなど、マーケット秩序のリスクが大きい」と指摘するなど、慎重論は根強く残る。

 また、欧米に比べ個人投資家や創業自体の少ない日本では、SPACは普及しないとみる専門家も多い。大和総研の横山淳主任研究員は「スタートアップが上場しやすくなるとはいえ、それを維持するのは容易ではない」と強調。「上場だけが効率的な資金調達の手法とするのではなく、企業レベルに応じた資金調達の仕組みの整備が必要だ」と注文をつけている。

 解禁めぐり経産省VS.金融庁 火花

 政府内でSPAC解禁を主導したのは、当時の経済産業省の新原浩朗経済産業政策局長(現内閣官房成長戦略会議事務局長代理)とされる。日本でグーグルやアマゾン・コムなど「GAFA」と呼ばれる米巨大IT企業が生まれないのは、スタートアップやベンチャー企業を育成する環境整備が遅れているためだとするのが経産省の持論だ。安倍晋三前政権で高い調整力で重用された新原氏が、菅義偉(すが・よしひで)首相にSPACの必要性を訴え、成長戦略に解禁検討をねじ込んだ。

 鼻息の荒い経産省に対し、金融庁はSPAC解禁には否定的だ。既存の新規株式公開(IPO)の上場であっても、ガバナンスが守られていない企業が多発する現状を指摘。簡単な審査でやみくもな企業上場を招くSPACのリスクを主張し、経産省と真っ向から対立する構図だ。

 解禁に向けた議論は長期化も予想されるが、目まぐるしく変化する国際金融市場の中で、タイミングも含めた適切な政策判断の重要性は増している。(西村利也)