失われた文化財、特許技術を用いて精密に再現した「クローン」で復活
世界の貴重な文化財を東京芸術大学が特許技術を用いて精密に再現した「クローン文化財」が、愛媛県新居浜市の市美術館「あかがねミュージアム」で展示されている。火災に遭った法隆寺金堂(こんどう)壁画や、タリバンによって破壊されたバーミヤン(アフガニスタン)大仏の天井壁画などを間近に見ることができる。
焼損した法隆寺金堂壁画
クローン文化財は平成26年、東京芸大陳列館で開かれた「別品の祈り-法隆寺金堂壁画-」で初めて発表された。壁画は昭和24年に起きた火事で焼損し、これを機に文化財保護法が制定された。
展示会では壁画12面を原寸大で再現。焼損前に撮影されていたガラス乾板写真を基に、画像をデータ化してコンピューターに取り込んで加工し、壁の質感を出すため加工した特殊な和紙に印刷。さらに人の手で顔料などを加えて完成させたという。
デジタル技術と手描き模写の組み合わせは新しく、時間を著しく短縮することが可能で、企画立案から数カ月で完成に至った。
これをきっかけに、平成26年に金堂の本尊「釈迦三尊像」(国宝)の複製が行われた。慎重な作業で3Dデータを取得し、コンピューターグラフィックスで成形、3Dプリンターで出力した樹脂の仏像を基に蝋型(ろうがた)を作成。富山県高岡市で鋳造して完成した。
あかがねミュージアムの「東京芸術大学スーパークローン文化財展 素心伝心」では、第1室に展示されている。会場には法隆寺僧侶による声明が流れ、荘厳さに圧倒される。
「美人窟」として人気
ユーラシア大陸を東西に結ぶ「シルクロード」にある敦煌(とんこう)(中国)の石窟は世界遺産に指定されている。多くの観光客により文化遺産の劣化が進んでいる。
東京芸大は昭和41年、トルコのカッパドキアの調査を開始して以来、ユーラシア各地と交流を深めている。
展示されている「莫高窟(ばっこうくつ)第57窟」は、唐代の典型的な石窟で、緻密で華やかで「美人窟」と呼ばれ人気。東京芸大は敦煌研究院との共同研究で四方の壁画を再現し、菩薩の塑像を制作当初のままに復元している。
会場では、窟の入り口から内部に入り込めるようになっており、まるで現地を訪れたかのような気分になる。
美術館の井須圭太郎学芸員は「敦煌の遺跡群は観光客の増加で、文化財の劣化が進み、一部の窟は拝観を制限している。このようにゆっくりと気軽に鑑賞できる機会は貴重です」と話している。
タリバンが破壊
バーミヤンにある東西の大仏が2001年、イスラム原理主義勢力、タリバンによって爆破され、公開された衝撃的な映像が世界を駆け巡った。
東京芸大は東大仏の頭の上に描かれていた「天翔る太陽神」の復元を試み、達成した。大仏が破壊される前に撮影されていたポジフィルムと、後に計測された仏龕(ぶつがん)の3Dデータを基に画像を合成。ラピスラズリなどの絵の具を塗って天井壁画を復元したのだ。
東京芸大の井上隆史特任教授は「テロリストの野蛮な行為に対するカウンターメッセージでもあった」としている。壁画の縮小版は平成28年5月のG7伊勢志摩サミット(先進7カ国首脳会議)のサイドイベント「テロと文化財」で展示され、文化財を守る意義を世界に発信する役割も果たした。
8メートル四方の天井壁画のある会場では、来場者が大仏の頭上からバーミヤンの風景を眺める臨場体験ができるよう演出している。
同展では、クローン文化財としてほかに、高句麗古墳群(北朝鮮)▽キジル石窟(中国)▽ペンジケント遺跡(タジキスタン)▽アフラシヤブ遺跡(ウズベキスタン)▽アイ・ハヌム遺跡(アフガニスタン)▽バガン遺跡(ミャンマー)-を紹介している。
また、絵画のクローン文化財も多数展示しており、最新のデジタル技術を用いて、絵画の一部が動く作品も。拡大した浮世絵では作者の細部へのこだわりなどが確かめられる。
青柳正規名誉館長は「同じ部屋や、隣の部屋に移るだけで千キロの旅行をしたように見ることができる」と話している。
展示会は四国では初めての開催で、井須学芸員は「フルボリュームの展示としては、ここが最後ではないか」と話していた。(村上栄一)
8月29日まで。観覧料は一般600円(大学生以下無料)。