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「誇れる街づくりを」 福岡・八女商議所の挑戦

 【魅せる観光地の作り方】ホテルの玄関をくぐると、そこは非日常の空間だった。雪見障子(ゆきみしょうじ)や欄間(らんま)といった和の建具が懐かしさと新しさを感じさせる。

 築100年以上の古民家を改修し、人気を集めるホテルが福岡県八女市にある。「NIPPONIA HOTEL(ニッポニアホテル)八女福島 商家町」。茶葉の産地として有名な八女で、伝統家屋に滞在しながら、お茶をテーマとした食やイベントを楽しむ。価格は1人1泊2食付きで週末は大人3万8千~5万円程度。平日でも2万~3万円台と八女では異例の高価格だが、コロナ禍の今も予約が絶えない。

 客室は「喜多屋別邸」という1棟に3室、もう1棟の「旧大坪茶舗」に4室の計7室。この小規模・分散型の形態が、コロナ禍の下でも安全に旅を楽しみたい人たちの心理にプラスに働いた。

 令和2年4月と6月に2棟がオープンした。事業を主導したのは観光事業者でも行政でもなく、地元の八女商工会議所だ。

 存立の危機

 八女市は、福岡県南部に位置する人口約6万人の地方都市で、県内有数の農産物の産地でもある。八女茶の産地として知られるが、人口は減少の一途をたどり、消費の縮小で事業者の経営環境は厳しさを増す。

 「これまでのやり方ではだめだ。滞在型の宿泊施設をつくり、交流人口を増やそう」

 平成28年、同商議所の山口隆一会頭(71)は、こうした危機感から動き出した。

 同商議所では農産品振興に力を入れてきたが、経済効果は十分に出なかった。消費の減少を食い止めなければ、事業者は存立の基盤を失う。観光消費で経済を循環させようと、滞在型観光の可能性を探った。

 30年に兵庫県丹波篠山市の古民家再生事業を視察したのが転機となった。複数の古民家をホテルやレストランなどに改修し、街全体を観光資源にする取り組みで地域活性化に寄与している。

 「これなら八女でもやれる」。山口氏は確信した。八女の中心部にある福島地区は、江戸時代から昭和期に建てられた白壁の町家が残り、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。地区内の230棟の町家などに加え、提灯(ちょうちん)や仏壇といった伝統産業もある。地域資源を活用し、誘客につなげようと、丹波篠山市で事業を進めた「NOTE」(同市)を交えて、ホテル事業の検討がスタートした。

 悔しさを原動力に

 福島地区にはビジネスホテルと旅館が4軒しかなく、古民家ホテルも高価格な設定も前例のない事業だった。「八女でそんな高額の宿泊施設に泊まる人がいるはずない」。山口氏らの耳にはそんな陰口も入った。

 「必ず結果を出す」。関係者は奮起した。八女は地域資源はあっても長時間滞在してもらえず、悔しい思いをしてきた。観光客はうなぎと川下りで有名な近隣の柳川市に取られ、八女に来ても、宿泊は福岡市や久留米市に流れた。

 検討を進める中、古民家ホテルの改装に使える経済産業省の補助金の存在を知り、関係者は実現に向け動きを加速した。山口氏をはじめ商議所会員や地元事業者ら有志が出資し、観光事業を手掛ける企業「八女タウンマネジメント」を設立。行政に頼らず、地元経営者らが実行する仕組みを整え、少人数のコンセンサスで意思決定を迅速化した。

 総事業費3億円のうち、国の補助金1億8千万円の活用と、地元銀行などからの借り入れを決め、資金調達にめどをつけた。ホテルの設計や運営は、歴史的建造物の再生に実績を持つバリューマネジメント(大阪市)に依頼した。

 勢いでスタートしたが、いくつもの壁にぶつかった。改修する古民家の室内は荷物が山積みで、野良猫が出入りするほどの状態。所有者との交渉も難航した。同商議所の萩尾猛専務理事(65)は「問題があれば解決のために即動き、走りながら一つずつクリアしていった。地元が本気になることで、運営会社も付いてきてくれた」と振り返る。

 変化の兆し

 当初のターゲットは都市圏や海外の富裕層だったが、コロナ禍で状況は一変した。令和2年に開業した直後にはコロナ感染拡大が直撃し、稼働率が20%程度と低調を続けた。関係者に不安もよぎったが、小規模・分散型のホテルの形態が近場で周囲を気にせず安心して旅行したいと望む人たちの心をつかんだ。古民家という非日常の空間で、八女特有の食や文化を体験できることもあり、安心できるプレミアムな旅の魅力が知られるにつれ、福岡県内を中心に家族連れや若い女性が訪れるようになった。夏休み時期になると、稼働率は60%に上昇。単月で90%を超える時期もあり、現在も堅調に推移する。

 宿泊客の期待に応えられるよう、商議所は知恵を絞る。八女茶を堪能できるイベントの開催や街巡りに使える電気自動車の導入のほか、茶畑と市街地が見渡せる場所にウッドデッキを整備した。

 古民家再生事業は、地元住民にとって当たり前だった光景を、価値として再認識する機会にもなった。市民が親族と宿泊する例もあり、別の事業者も近く古民家ホテルをスタートする。

 山口氏はこう語る。

 「動いている取り組みがあれば、街が中長期的に変わっていく。古民家ホテルは起爆剤。事業を通じて地元の人が誇れる街づくりをする。伝統産業が見直され、若い人が移住して起業したり、アーティストが拠点を作ったりすれば街がざわざわする」(一居真由子)