豊かな暮らしを支える安全で利便性の高いデジタル交通社会を世界に先駆けて実現する。そんな未来の姿を目指す官民挙げた取り組みが国内各地で動きだしている。「乗り込むだけで好きな場所に連れて行ってくれるクルマ」といった理想とはまだ距離があるが、地域の実情にあわせた事業展開で成果や課題の発見が積み上がり始めた。運転が難しくなった高齢者の増加などの問題を抱える地方での自動運転サービス導入の先駆けとなっている福井県永平寺町で現状や課題を探った。
廃線跡で無人自動運転サービス
百数十人の修行僧が日々の座禅や作務に打ち込む曹洞宗大本山永平寺近くの路線バスの停留所。その裏手から、きれいに舗装された小道が山を下って伸びている。2002年まで国道と並行するように運行していた京福電気鉄道永平寺線の廃線跡だ。
永平寺開山から約780年の歴史がある土地に刻まれたこの廃線跡で、今年3月、国内で初めてシステムが運転の主体となる「レベル3」の認可を受けた無人自動運転サービスが実現した。永平寺町の第3セクターが運営する「ZEN drive(ドライブ)」だ。総延長6キロのうち、全区間を走る平日は一般道との交差点通過時などに走行を補助する運転者が乗車。一方、永平寺近くで交差点がない2キロの山道だけを走る土日祝日は、運転手が乗車しない無人走行での営業となる。運賃は大人が100円、子供は50円だ。
「思っていたよりスピードが出て、止まるときもガタっと揺れた。でも人がやっていた運転を省けるのだから、やっぱりすごい」。10月16日、福井市内から家族で永平寺参拝に訪れていた木本貴博さん(43)は2歳の息子と一緒にZENドライブに乗り、驚いた様子で話した。
ZENドライブは一見しただけでは「未来」を感じさせる乗り物ではない。使用するのはヤマハ発動機の電動ゴルフカートに改造を加えた車両。路面に黒い筋のように見える電磁誘導線を追従して走る仕組みだ。ゴルフカートの自動走行自体は珍しいものではなく、山あいの坂道をモーター音と鳥のさえずりに包まれて進む様子は、遊園地のアトラクションのようでもある。
しかしその一方で、ZENドライブは「公道」を「運転者なし」で「客を乗せて」走る、公共交通機関だ。走行区間は廃線跡とはいえ、歩行者やジョギングを楽しむ人たちも通る。乗客には子供や高齢者も含まれ、不測の行動をとることも考えねばならない。また山道の区間では、路面に落石や枝のような障害物があることも想定される。
このため車両はGPS(衛星利用測位システム)と地図情報で常に位置を把握しつつ、カメラやセンサーで周囲の様子を感知。監視センターには監視員が常駐し、走行中の車両からの映像などで異常がないかをチェックするなど、危険や緊急事態を察知できる体制を整えている。
システムの開発には、国立研究開発法人の産業技術総合研究所や日立製作所、慶應義塾大学SFC研究所、豊田通商などが結集。また、運行にあたっては実際に事故が起きるシナリオも想定され、永平寺町は非常時の対応について消防当局と何度も協議を重ねた。
2022年度にはレベル4を実現
「ちょっと買い物に行ったり、公民館に行ったりという用事があるとき、便利に使っています」。ZENドライブの停留所の近くに住む辻正子さん(78)は笑顔で話す。
運転免許をもっていない辻さんは2年前、どこへ行くにも車を運転してくれていた夫と死別。とたんに生活が不便になった。今は30分から1時間に1本程度の路線バスに加え、ZENドライブも利用できるようになり、暮らしやすくなったという。
「自動車王国」とも呼ばれる福井県は、20年3月末の100世帯あたりの自動車保有台数が172.7台で、47都道府県でトップだ。永平寺町では民家の前に3台の自家用車が並んでいる光景もよくみかける。
それだけに辻さんのように突然、車による移動ができなくなった場合の影響は大きい。永平寺町総合政策課の山村徹主査は「マイカーが主要な移動手段とはいえ、高齢になれば運転も辛くなる。永平寺町のような地方でも核家族化は進んでいて、送り迎えできる子供たちが同居していないことも多い」と話す。
ZENドライブはこうした地域の問題に対する解決策のひとつだ。永平寺町は政府の事業として産総研などが16年度に企画した自動走行の社会実装に向けた実証実験の候補地に名乗りを挙げ、研究開発に協力してきた。
国の高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)が決定した官民ITS構想・ロードマップでは、システムが運転の主体となり、さらに緊急時の対応も行う「レベル4」の自動運転について、22年度の実現を目指すと明記されている。今年7月、産総研、ヤマハ発、三菱電機、通信システムの開発を手掛けるソリトンシステムズの4社が国からレベル4自動運転サービスに関する事業委託を受けており、永平寺町での取り組みをさらに進化させる見通しだ。
高いマイカー依存度で厳しい採算性
ただしZENドライブは日本の自動運転サービス実用化の先頭を行く取り組みとはいえ、高齢化が進む永平寺町の課題をすんなり解決できるわけではない。自家用車の運転が辛くなった高齢者の移動手段確保という課題の背景には、マイカー依存度が高いために、ZENドライブを含む公共交通機関の採算をとることが難しいという問題があるからだ。
京福電鉄の永平寺線が02年に永平寺駅から東古市駅(現在のえちぜん鉄道永平寺口駅)までの運行を終えて廃線となった理由にも、マイカー依存度の高さが挙げられる。永平寺近くで料理店を営む井上隆二さん(59)は「以前は電車や路線バスを使う人も多かったが、だんだんマイカーが普及して電車の利用客が減り、よりいっそうマイカーが不可欠になった」と話す。
現在のZENドライブの運行は運転手が乗る平日の場合、永平寺前にあたる志比から東古市までの全区間で上り下りあわせて8本。小学校前の停留所から下校に使う児童も数人いるが、地元住民の多くは自家用車で移動するためニーズは決して高くない。永平寺町の山村氏は「ZENドライブの運行にかかる予算は年間1000万円。税金を使っている以上、サービスの拡大はニーズを見極めながら進めことになる」と明かす。
町全体の活性化が必要
コストはZENドライブの開発段階でも重要な課題だった。産総研の加藤晋首席研究員は電磁誘導線方式を採用した理由について、「路面に埋めた電磁誘導線には20年の耐久性があり、メンテナンスの費用も安い。持続的なサービスの実現にはコストへの配慮も必要で、最先端の技術にこだわらず、地域の実情にあった技術を選ぶことが重要だ」と話す。
最先端技術を活用したレベル3の自動運転の代表例が、トヨタ自動車が東京五輪・パラリンピックの選手村で運行した自動運転サービスだ。電磁誘導線に頼らずに走行できる自由度があるが、車両が高価であることはもちろん、メンテナンスなどの運用コストも考えれば、永平寺町のような小さな自治体で長期間運用することは難易度が高い。
ただ、コストに配慮したZENドライブでも収益性の確保は容易ではない。永平寺町の人口は15年の国勢調査で1万9883人。旧永平寺町、旧松岡町、旧上志比村が合併する前だった00年調査での合計人口2万1182人から人口減が進んでおり、交通手段だけではなく、町全体の活性化が必要な状況だ。
明治大学自動運転社会総合研究所の萩原一郎・研究特別教授は永平寺町のような自治体が抱える問題の解決について、「自動運転サービスを導入するだけでは不十分」と指摘。「先端技術を備えた車両をメンテナンスしたり修理したりできる人材を育成するなどして、地域に関連産業の雇用を生み出すことが重要だ」と指摘する。
「先祖から引き継いだ土地を守る」
10月16日午後5時40分過ぎ、すっかり日が落ちた永平寺近くの荒谷地区のバス停から、両手に大きな荷物を抱えた男性(73)が路線バスの最終便に乗り込んだ。今は空き家になった荒谷地区の実家で庭や田んぼの手入れをして、福井県敦賀市の自宅に戻る途中だという。
男性は運転免許は持っているものの、1日かけた屋外での力仕事の後で片道70キロの夜道を運転するのは辛い。月に2度ほどの実家通いでは路線バス、えちぜん鉄道、JR西日本の北陸本線を乗り継いでいる。
「先祖から引き継いできた土地を手入れして守ることは当たり前。このあたりには永平寺もあれば自動運転サービスもある。なんでもやれることはやって、地域を元気にしていけばいい」
男性が口にした言葉は、ふるさとを守ろうとする住民たちの思いと新しい技術の共存が、地域の未来をかたち作ることを物語っている。
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