テクノロジー

「本気の想い」詰まってます サントリーの植物研究現場に潜入

 コロナ禍の巣ごもり生活で注目を集めた家庭菜園に記者も挑戦した。ホームセンターをのぞくと「サントリー本気野菜『強健豊作』」という野菜の苗が販売されているのを発見。名前にひかれてキュウリの苗を購入し、ベランダで育てると立派な実を結んだ。それにしてもお酒や飲料の会社が野菜苗に“本気”とは…と考えたところで、かつてサントリーホールディングス(HD)は世界初の「青いバラ」を開発したことを思い出した。園芸事業をさらに強化しているのか、話題をさらった青いバラのその後はどうなっているのか。研究現場に潜入した。(北村博子)

 家庭菜園向けに開発

 訪れたのは、園芸事業を手がける子会社、サントリーフラワーズ(東京)が滋賀県東近江市にもつ研究開発拠点「グローバル ブリーディング&リソースセンター」。広大な敷地に大型の温室が立ち並んでいた。 同社の野菜苗部長、村田悠実さん(44)は「ここでさまざまな花や野菜の新品種を開発して世界に送り出しています」。野菜と果物計15品目54品種をそろえる「本気野菜シリーズ」は、ここで生み出されている。コロナ禍による家庭菜園ブームで本気野菜シリーズの1~9月の売り上げは前年同期比17%増えた。

 訪れた時は温室に野菜苗はなかったが、果実の成分分析や食味検査を行う検定室で糖度検査などを見学した。何十種ものトマトを食べ比べることもあるという。

 「本気野菜」のターゲットは、趣味で野菜づくりを楽しむ人たちだ。青果部長の阿部寛さん(45)は「収穫量や粒ぞろいよりも、おいしさや作りやすさを重視してます」と開発のポイントを明かす。実がなることで野菜づくりの楽しさを味わえるからだ。

 「野菜づくりで失敗する一番の理由が水や肥料のやり過ぎ。特にトマトは肥料が多いと途端に育ちにくくなる」。肥料を少しやり過ぎたとしても枯れない品種を開発した。

 うどんこ病などに悩まされることが多いキュウリも、農薬などを使わなくても枯れない苗を目指した。商品化前には畑やプランター、気温を変えるなどさまざまな環境で栽培テストも行っている。

 スーパーにはない野菜

 サントリーフラワーズは経営多角化の一環で、平成14年に設立された。サントリーの飲食料品の原料は植物由来のものが多く、その研究の歴史から園芸事業への展開は自然な流れだったという。

 「本気野菜」は20年にトマト5品種でスタート。市販の野菜の多くは特定の品種に限定されていることが多いというが「スーパーで手に入らない野菜を育ててほしい」との思いで開発。個性的で味の濃い品種に取り組んだ。とげの大きいゴーヤや表面がでこぼこの大玉トマトなどがその代表例だ。

 また品種による味の違いを明確に伝えようと「とろとろ炒めナス」や「やわらか焼きナス」などおすすめ料理が品種名になっている野菜もあり「わかりやすい」として評判だという。

 「『本気野菜』という名前には、毎日ワクワクしながら野菜と向き合う気持ちに、私たちが本気でお応えしたいという思いを込めています」。阿部さんは熱っぽく語る。

 苗だけでなく一部のスーパーでは現在青果も販売しており、野菜を味わってから栽培に挑戦してみてもいいかもしれない。

 もっと青く

 サントリーグループの園芸事業を象徴する研究開発となった「青いバラ」。一躍脚光を浴びたあの事業は今どうなっているのか。園芸部門の取材を始めたからにはこのまま見過ごせない。こちらの研究も探ることにした。

 品種の掛け合わせによる開発が中心の滋賀の研究所に対し、遺伝子組み換え技術による「青いバラ」の研究を手がけるのが、別のグループ会社、サントリーグローバルイノベーションセンター(東京)だ。サントリーHDの研究施設「サントリーワールド リサーチセンター」(京都府精華町)に研究所をもつ。コロナ対策のため訪問はかなわなかったが、リモートで潜入した。

 世界初の青いバラ「アプローズ」は開発を開始してから30年になるが「誰もが青と認める鮮明な花の色を目指して研究を続けています」。当初から関わる勝元幸久主幹研究員(53)が強調する。植物界では青の部類に入るというが、見た目の感覚ではまだピンクや紫に近いからだ。

 無菌装置の中で細かく切ったバラの葉から変化した植物細胞の塊「カルス」に、青花から採取した青色遺伝子を注入。その後カルスに植物ホルモンの物質を加えバランスを調整することで植物の形に再生する。閉鎖温室で開花させ、花色を検証しているという。開花まで1年がかり、年間約千株を試験するという根気のいる研究だ。

 そもそもバラには青色の遺伝子が存在しないため、交配による青バラ開発は不可能。遺伝子組み換えの実験を重ねているという。

 「バイオテクノロジーといえば聞こえはいいですが、毎日細かい作業の繰り返し。温室では首にタオルを巻いて汗を拭き拭き、泥臭い作業の積み重ねです」と勝元さん。この30年は苦難の連続だ。

 一方で、こんなエピソードも紹介してくれた。「研究段階のため治療が難しい」との説明を受けた難病の子を持つ母親からメールが届いた。「青バラの誕生に希望を見いだした」と綴ってあったという。

 「読むたびに目が潤みます。青いバラは単なる飾り物や珍しい物じゃなくて、一人一人の特別な思いと重なることで評価してもらえているんだなと。こうした声や手紙が励みになっています」。挑戦はまだまだ続く。