「ただいま、電話が大変混みあっています」。製品やサービスについて問い合わせるために企業のコールセンターに電話すると、何度も聞かされる自動応答メッセージのフレーズだ。よくある質問と回答を掲載したFAQページで検索してみても望む答えは見つからず、自動応答システムの「チャットボット」に質問したところで埒(らち)が明かない。結局は辛抱強くコールセンターの順番を待ち、人間のオペレーターに頼ることになった、という経験をした人も多いだろう。だが、「意図予測検索」という画期的な技術を採用したFAQページなら、困りごとを入力すれば、98%の精度で適切な質問と回答の組み合わせがヒットするという。「さすがに盛りすぎでは?」とも思える謳(うた)い文句。本当に、ユーザーのあらゆる疑問に答えることができる裏付けはあるのか。
「ハンコなくsた」入力ミスにも対応
「ハンコなくsた」。意図予測検索のシステムを導入している伊予銀行(愛媛県)のホームページの「よくあるご質問」の検索窓にこんな文字を入力してみた。アルファベットの「s」は「し」と入力しようとして誤ったという想定。ぶっきらぼうな問い合わせに“機械”はどう反応するのか試す狙いだ。結果は「ハンコをなくしたのですが、どこに連絡したらいいですか」「ハンコなどを盗まれた場合の連絡先を知りたい」「口座のハンコがどれだったか忘れた」「口座開設に使用したハンコをなくしたので変更できますか」と4つの質問が瞬時に表示された。
正確に言えば、文字を入力している途中から、質問候補が次々と提示されていたから、スマートフォンで文字を入力する際の予測変換機能に近い。しかも、いずれも的確である。団体信用生命保険の略称である「団信」と入力すれば、「投薬を受けているため、住宅ローンの団信に加入できるか不安です」といった質問も候補として提示される。想像していたよりもかなり賢い印象だ。
この意図予測検索は「Helpfeel」(ヘルプフィール)と呼ばれるシステムで、ソフトウエアをネット経由で提供する「SaaS」(サース)事業を手がける京都市のNotaが開発した。最高経営責任者(CEO)の洛西一周さんは「これまでのFAQの検索機能はおまけ程度で、多くはメニューから選んでくるというものでした。ヘルプフィールは適切な質問にたどり着かせることができるのが特徴。iPhone(アイフォーン)の予測入力と同じように動きます」と語る。同社の最高技術責任者(CTO)を務める増井俊之・慶應大教授は、故スティーブ・ジョブズ氏に招かれて米アップルに入社し、iPhoneの日本語入力システムを開発したユーザーインターフェースの第一人者だ。
意図予測検索は、人工知能(AI)を使った自動応答システム「チャットボット」とは似て非なるもの。チャットボットでは「なくsた」といった誤入力や曖昧な質問を理解することはできないという。例えば、「ハンコをなくしたので困っている」という質問では、「困っている」というキーワードに引っ張られ、ユーザーの望んでいる内容とは異なる質問・回答に誘導されてしまうことも。これに対し、ヘルプフィールは「質問を作ることを助ける。適切な質問にたどり着かせること」(洛西さん)を目的に設計されているそうだ。
FAQページの性能が向上すれば、ユーザーからのさまざまな問い合わせ、クレームに対応するコールセンターの業務を補うことができる。コールセンターは離職率の高い職場といわれ、企業は人員を維持するだけでも手間がかかる。業種によっては、特定の時期に専門的な知識を備えた多くの人材を配置しなければいけないケースもある。例えば、会計ソフトや財務システムの販売会社であれば、確定申告のシーズンに問い合わせが一気に増えるだろう。FAQページでほとんどの問い合わせに対応できるようになれば、コールセンターの人材を大幅に削減することが可能だ。
辞書作りに1カ月
ヘルプフィールは現在、フリーマーケットサービス「PayPayフリマ」やネット印刷の「ラクスル」といった企業のほか、東京都小平市など自治体のホームページでも導入が進んでいる。強みは何と言っても、やはりFAQ検索ヒット率「98%」という実績。だが、どうしてこのような精度を実現することできたのか。
「納品するお客さまの企業に合わせて、予測変換の精度を上げるための辞書作りをしています。これは膨大な作業です」
洛西さんによると、「テクニカルライター」と呼ばれる担当者が、納品先の企業のためにカスタマイズした辞書を作成。ユーザーによって異なる言葉選びの違いや感情的、抽象的な表現、送り仮名の違いやスペルミスにも対応できるようにプログラムを作っているという。
日本語は多義的な名詞や同義語が少なくない、世界でも極めて難しい言語とされる。「結構です」という言葉が文脈によってさまざまな意味を持つという一例を考えるだけでも、納得がいく話だ。約1カ月かかるという辞書作りは膨大な作業量に違いないが、そうしてできた企業ごとの辞書のおかげで、質問パターンを50倍以上に拡張することが可能になり、ユーザーが使うさまざまな言葉から質問を予測できるのだという。
画期的な検索システムを生み出したNotaを経営する洛西さんは異色の経歴の持ち主だ。高校時代の1999年にウェブクリッピングソフト「紙copi」を開発。世界的にヒットし、約3億円のセールスを記録した。慶應大大学院を修了後、2007年に渡米しNota Inc.を設立。アプリやウェブの開発を手がけ、中でもスクリーンショット共有ツールの「Gyazo」は世界トップシェアとなった。2003年度には、経済産業省の「IPA未踏ソフトウェア創造事業天才プログラマー」にも認定された偉才だ。
しかし、挫折も味わった。米国に拠点を置いたものの、「グローバルサービスにつなげることができず、すっからかんになって2012年に帰国しました。当時すでに結婚していましたが、資金はほぼゼロ。収入も家もありませんでした」と振り返る。その後は受託開発でしのぎ、2017年に「Gyazo」や「Scrapbox」などのサービスの収益化で黒字を達成。「日本のデジタルトランスフォーメーション(DX)の最先端を行っている」と自負する。
洛西さんらが開発したヘルプフィールが多くの企業のFAQページに導入されれば、そう遠くない将来、「ただいま、電話が大変混みあっています」というフレーズは過去のものとなるかもしれない。洛西さんははにかみながら言った。「ちょっと未来を生きています。傲慢な考え方ですが、あとから社会が追い付いてくる、と。そういう考え方が好きです」
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