【スポーツbiz】ユベロスが五輪の歴史を変えた (2/3ページ)

2015.9.2 05:00

2005年2月、記者会見で答える米国オリンピック委員会のピーター・ユベロス委員長(当時)。1984年ロサンゼルス五輪を大成功させた立役者だ

2005年2月、記者会見で答える米国オリンピック委員会のピーター・ユベロス委員長(当時)。1984年ロサンゼルス五輪を大成功させた立役者だ【拡大】

 (1)40歳から55歳(2)南カリフォルニア在住(3)起業経験を有す(4)スポーツ好き(5)経済的に独立(6)国際情勢に通じる-そんな条件で全米600人もの候補者から絞り込まれたのがピーター・ユベロス氏である。

 ユベロス氏は当時42歳。ロサンゼルス郊外に住み、従業員1人から始めた旅行代理店を北米2位に育てた実業家。サンノゼ州立大時代に水球のメルボルン大会代表候補でもあった。

 ◆伝統は破壊せず

 「小さなオフィスを借り、段ボール1箱のファイルと20人のボランティア、100ドルで開いた銀行口座。それがすべて」

 もう15年以上前になる。大リーグ・コミッショナーを退任したばかりのユベロス氏をロングビーチのオフィスに訪ねた。名投手のノーラン・ライアンを描いた絵画の前で話を聞いた。

 「革新的であっても伝統を破壊してはならない。無駄を省き経費をかけないが、親しみやすさのなかに威厳も必要だ」

 彼の思いを集約すればこうなる。伝統主義者、モニク・ベリリューIOC事務局長と反目しながら独自の手法を展開する。

 32年大会の競技場をはじめ既存の施設を活用、新設は必要なものに限った。その場合も企業の協力を仰いで支出を削減、選手村は大学の学生寮を借りた。

 84年ロサンゼルス大会といえば「商業主義」と評される。しかし、民間活力の導入以前に、経費削減の努力が払われていたことを忘れてはならない。

 「公の金は1セントたりとも使わない。病院や教会とも競合したくないから寄付もとらない」

 そう言い切るユベロス氏が考えた収入源は5つあった。

 (1)テレビ・ラジオの放送権料(2)スポンサー協賛金(3)シンボルマークなどを使った記念コインなどグッズ製作と販売(4)入場料(5)聖火リレー参加料-

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