【プロジェクト最前線】富士フイルム「再生医療製品」

ジャックの利点について力説する畠賢一郎社長
ジャックの利点について力説する畠賢一郎社長【拡大】

  • J-TECの自家培養軟骨「ジャック」
  • J-TECの自家培養表皮「ジェイス」

 ■自家培養軟骨で“不治のけが”克服

 スポーツなどで大きな衝撃を膝に受けて関節の軟骨部分に欠損などが生じると、自然治癒が難しいことは、長らく整形外科の世界では常識とされてきた。軟骨組織には血管がなく、傷を治す働きをする細胞・栄養を含んだ血液を運べないからだ。“不治のけが”ゆえに引退を余儀なくされるスポーツ選手も少なくなかった。

 ところが、富士フイルムグループのジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J-TEC)が、再生医療という先駆的な手法を使った製品を開発。欠損した軟骨を再生するという従来の常識を覆す治療が成果を上げている。

 ◆自分自身の細胞使用

 この再生医療製品は、増殖能力を持つ自分自身の細胞を用いた自家培養軟骨「ジャック」。五百円硬貨くらいの大きさで、ビーカーの中でプルプルと揺れる様子は水饅頭に見える。これこそが軟骨の機能を正常にする切り札なのだ。

 ジャックの製造方法は、まず患者の軟骨組織の正常部位から細胞の一部(0.4グラム程度)を採取する。J-TECの施設で軟骨細胞を培養し、増殖させる。4週間後、軟骨の欠損部分に移植し、修復されていく。リハビリなどの後、半年~1年で通常通りの歩行が可能になる流れだ。

 同社の畠賢一郎社長は「膝の過重部の軟骨が傷むと自然治癒しないのが常識です。それを自分の細胞を使えば拒絶反応もなく再生できる。これがジャックの利点です」と力説する。

 患者は、膝の痛みなどに悩むアスリートや現場で働く人たちだ。

 例えば、膝のけがを負いプレーを諦めかけていた30代プロサッカー選手はジャックによる治療を受けて、再び運動を楽しめるようになった。若い頃にバレーボールで膝を悪化させた30代の介護士も、現在は介護の現場で不自由なく力仕事をこなしているという。

 治療で改善が見込まれる潜在患者数は多く、「2000人に上る」(畠社長)とみられている。

 「自家培養軟骨移植術」と呼ばれるこの手法は、膝関節外科を専門とする越智光夫・広島大学長が確立したものだ。越智氏の指導下でJ-TECが製品開発を行い、日本初の治験を実施。国は2012年、J-TECの自家培養軟骨について、整形外科領域で国内初となる再生医療等製品として承認した。13年には保険適用となり、現在、研修を受けた医師が全国で手術している。ジャックを用いた治療実績は年間200例に上る。

 ◆大変なスケジュール調整

 ただ、軌道に乗るまでにさまざまな試行錯誤が繰り返されてきた。医療現場で特に神経を使うのがスケジュール管理だ。

 採取した細胞は個体差があり、それぞれ増殖の速さが異なる。工程管理を工夫して4週間程度で規定量の培養を行う。移植に際しては、万が一を避けるため細胞を低温管理し仮死状態で運搬し、患者側もあらかじめ移植の手術日を決めて待つ必要があるなど、スケジュールの調整が大変だ。

 こうしたハードルを完璧に乗り越えて初めて医療として成り立つ。畠社長は「患者さんの細胞を預かり元に戻して治す。預かった洋服をきれいにして約束の日に返す街のクリーニング店のような存在なんです」と語る。

 その独特の表現には再生医療が決して特別のものではなく、「いずれ再生医療を当たり前の医療にしたい」との願いが込められている。

 経済産業省によると、世界の再生医療の市場規模は周辺作業まで含めると50年に53兆円に膨れ上がる。未来の医療とされてきた再生医療は、一歩ずつ現代の医療に近づきつつある。(柳原一哉)

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 ≪焦点≫

 ■日本初の承認 培養表皮「ジェイス」

 J-TECは再生医療製品の開発・製造の草分けとして知られ、「ジャック」だけでなく、2007年に日本初の再生医療製品として国から承認を受けた自家培養表皮「ジェイス」も手掛ける。

 ジェイスは、患者自身の正常な皮膚細胞を採取し、培養してシート化した表皮をつくって重症熱傷(体表面積30%以上)を負った患者に移植して治療する。自身の細胞を使うため拒絶反応が起きないのはジャック同様だ。16年には適用対象が拡大され、先天性巨大色素性母斑の治療でも使えるようになった。

 今後、再生医療市場は大幅な拡大が見込まれており、J-TECは売上高を17年3月期の21億3500万円から20年3月期には36億円に伸ばす中期経営目標を掲げている。

 一方、親会社の富士フイルムホールディングス(HD)も再生医療などヘルスケア分野を次の成長の柱と位置づけて経営資源を積極投入する。

 J-TECに加え、iPS細胞開発・製造の米セルラー・ダイナミクス・インターナショナル、培地を供給する試薬メーカーの和光純薬工業(現・富士フイルム和光純薬)を既に傘下に収めた。

 3月末には、約850億円を投じJXTGホールディングス傘下で細胞培養関連事業を手掛ける2社の買収を発表し、再生医療事業の強化を進めている。

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 ■ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J-TEC)

【設立】1999年2月

【本社】愛知県蒲郡市三谷北通6-209-1

【資本金】49億5876万円(2018年3月1日現在)

【売上高】21億3500万円(17年3月期)

【従業員数】174人(18年3月末現在)

【事業内容】再生医療製品事業、再生医療受託事業、研究開発支援事業