日本人“女性医師初”のエベレスト登山に成功 今回の挑戦についてのインタビューを公開

撮影:kenro Nakajima(1)
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  • エベレスト山頂

 山岳医療救助機構は、日本人初の国際山岳医・大城和恵(年齢:50歳、出身:長野県、在住:札幌市)が、2018年5月17日午前9時5分(日本時間)、世界最高峰エベレスト(中国名:チョモランマ、8,850m)に、チベット側・北稜から、登頂を果たし無事に下山したことについてインタビューを実施しました。日本人女性医師としてのエベレスト登山の成功は初めてとなります。
(注:2004年、広島県の大田祥子医師が登頂後の下山途中8,500m地点で死亡しています。)

 画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/156009/LL_img_156009_1.jpg
撮影:kenro Nakajima(1)

 大城和恵は2013年三浦雄一郎氏世界最高齢エベレスト登頂のチームドクター。これまで、デナリ山頂(北米最高峰6,190m)からスキー滑降、マナスル(世界8位、標高8,163m)チームドクターとして登頂、ヨーロッパ冬季登攀など経験を積んでの挑戦を果たしました。

 ■世界最高峰エベレストの登頂・下山についてのインタビュー
Q:登頂を果たして一言
「天候に恵まれ、美しい眺望の開ける山頂に立ち無事に下山できた。医師としてこの経験を生かして、これからも山で人が死なないための活動を続けたい。応援してくれた皆さんに心から感謝を伝えたい。」

 Q:2013年に三浦さんのエベレスト登山を支援しましたが、三浦さんから何かありましたか?
「出国前に、三浦さんから電話があった。“焦らずゆっくり行けば登れるから”と。今回は、三浦さんが80歳で登頂した時に使ったザックを背負って登頂。背中から見守ってくれていた。」

 Q:山頂に立って真っ先に思ったことは?
「嬉しい!自分にできた!自分にできたことで、高所登山の大変さと怖さと素晴らしさを医療面から伝えられる!絶対に下山でミスをしないぞ!生きて還るまで、気を抜かないようにしよう。」

 Q:日本人女性医師初、を意識していたか?
「エベレストのみならず、高所登山で命を落とすケースは決して少なくない。また、生還しても脳の認知機能の低下やケガなどによる後遺症も聞かれている。エベレスト登山の創始期に比べると、装備も情報入手も進歩した時代になった。人が住むことのできない世界で一番高いところに登ることは、現代は、より健康を維持して登り、登山を終えた後にも健全な心身で社会活動できることが当然の目標であり結果であると、医師としては考え、そうあるように支援したい。
高所や環境に対していかに体を適応させリスクに対応するか、特殊な環境で生活をする女性ならではの対策、年齢に応じた身体能力と予備能力をどう活かすかなど、科学と想像と現実と経験を擦り合わせて工夫を重ねながら自分が成功することで、登山の健康面で、安全の支援と無謀な挑戦を再考する啓発など、説得力を持って果たせる役割があるであろうと思っていた。」

 Q:なぜ今登ろうと思ったか。
「最近はエベレスト登山や7サミッツなど、だいぶ商業化し、初心者でも登る時代になってきた。私にとっては、山に関する医療経験を蓄積し、高所登山や冬季クライミングを重ね、山の歴史を知り、挑戦する人を間近で見て、自分が本当にこの山を登りたい、というエベレストへの静かな情熱が育って決断に至った。これまで8,100mには登ったけれど、8,850mの世界は違うだろうと。酸素が究極に少ない山に登ることを体験してみたくなったし、これまでの経験から成功させてみたいと思った。年齢的にはもう50歳、早く登った方が良いだろう、とも思った。
若ければもっと体力はあったけれど、自分の登山史のなかで、今、エベレストに登れたことは、これまでの知識と経験を背景に、エベレスト登山という目標を立て、自分で課題を解決しながら新たな問題に現場で対応する能力を発揮する機を熟したタイミングであったと思う。」

 Q:登ってみて自分の中で何か変わったものがあったか?
「エベレスト公募隊は、お金を払うことで、平等に登頂の参加チャンスを得ることができる。しかし、安全とリスク管理は、隊である程度まで管理できるが、一定のところは自分で管理しなくてはならない。究極の環境に行くほど、これが顕著になる。
今回、我が隊は優れたチーフガイドにより、アタック隊全員登頂を果たしたが、他の隊では酸素をボンベから調整する機器が8,500mで突然破損する事故が相次ぎ、突然酸素を失う登山者が居た。彼らは、スペアの機器で酸素を交互に吸って下山し、命を繋いだ。
美しい場所であったが、怖い場所だった、と今でも思う。まさに死と隣り合わせの場所に居たことを感じた。
エベレスト登山は自信になったというより、山の怖さと装備が命取りであることを再認識し、自分を一層慎重にさせることとなった。」

 Q:大変だったことは?
「高所登山は長期間にわたりお金もかかる。登山そのもののリスク対策の他に、健康や体力といった肉体的背景、仕事や生活、経済的な問題といった社会的背景を整える必要がある。現役医師という立場から一番大変だったのは仕事のやりくり。病院で勤務をし、山岳遭難予防の新しい仕事を立ち上げながら全ての条件を整えるというのは、強い意志のもとに、大きな理解を得ないとできないことであった。3年前から予定を調整し、山も、仕事も、生活も、どれかひとつでも諦めることなく大事にしながら達成できたことは、周囲の理解と協力を無くしてはありえなかった。この挑戦を支援してくれた大切な家族、北海道大野記念病院、皆様に心より感謝している。」

 Q:この経験は山岳医としてどう活かされるか?
「エベレスト登山は、長期にわたる生活であり、超高所での体の変化、限られた物資、資金調達など、多くの課題を乗り越えて達成する。今回は、経験、技量、経済力、健康、年齢などが多岐にわたるメンバーと一緒に過ごしたが、エベレストのような山になると、それぞれの問題点が顕著に現れ、個々の能力と乖離した自己評価に(能力や経験の低い人ほど危機感が乏しかった)、現状を見たように思う。一方、国内の日帰り登山であっても、それらをコンパクトに簡易にしてはいるものの、登山は自然を相手にする活動であることに変わりなく、どんな山であろうと、自然の有り様や変化に応じて、リスクをコントロールすることが登山の楽しみであり達成感につながると私は考えている。
憧れが先行し、技量と経験が追いついていない登山者は、この後も増えると思う。今後も、山の医療を熟知し登山経験ある医師だからできる、実践的な遭難防止への役割を果たしていきたい。私の目標 “山岳遭難を減らすこと”、そこに医療はまだまだ貢献できることを一層確信したエベレスト登頂となった。」

 ■大城和恵Profile
https://kazue-oshiro.com

 <Biography 略歴>
・長野県生・札幌市在住 日本大学卒業
・医学博士 Leicester(レスター)大学PGC in Mountain Medicine修了
・UIAA/ICAR/ISMM 英国国際山岳医(日本人初)
・Fellow of Academy of Wilderness Medicine 授与(北米最大野外医療学会Wilderness Medical Societyのfellow)(日本人初・唯一)

 <Specialty 専門>
・日本循環器学会認定循環器専門医
・日本内科学会認定内科専門医
・日本体育協会公認スポーツドクター
・日本プライマリ・ケア連合学会指導医・認定医
・日本医師会認定産業医

 <Position 役職>
・北海道警察山岳遭難救助アドバイザー医師
・富山県警察山岳遭難救助アドバイザー医師
・全国警察山岳遭難救助アドバイザー医師
・文部科学省南極地域観測統合推進本部委員
・総務省消防庁消防大学講師
・公益社団法人日本山岳・スポーツクライミング協会医科学委員常任委員
・一般社団法人日本登山医学会理事

 <Career 経歴>
・2010年「山岳医療情報」ウェブサイト( https://sangakui.jp )を開設し、低体温症国際ガイドラインを公開
・2011年北海道警察山岳遭難救助アドバイザーに就任し国内初山岳救助への医療導入制度を実現
・同年札幌市の北海道大野病院(現 北海道大野記念病院)にて登山外来を新設
・2012年より山岳ファーストエイド講習会を主宰
・2015年全国警察山岳遭難救助アドバイザー制度運用開始
・同年総務省消防庁救助技術高度化検討会委員(医療)
・2016年全国高校体育連盟登山部「登山の医学」執筆

 Climbing Experience: https://kazue-oshiro.com

 著書:「三浦雄一郎の肉体と心 80歳でエベレストに登る7つの秘密」講談社+α新書
「登山外来へようこそ」角川新書

 ■執筆・講演依頼
お問合せページよりご依頼ください。
https://sangakui.jp