【光る社長 普通の社長】特別な仲間意識で信頼構築

 □アジア・ひと・しくみ研究所代表 新井健一

 ベトナムにあるART TANGO CONFECTIONARY(ホーチミン)は、主にケーキ用の装飾であるオーナメントやプレート、シュガードールなどを製作する企業だ。

 木屋享社長が親会社のサン・フレバー(大阪府豊中市)から赴任したのは15年前、やまないクレームの嵐を鎮めるため改善イメージを携えての渡越だった。ところが「クレームゼロの実現と技術力強化に向けて努力していこう」と決心した矢先、思いがけない事件が起こる。

 当時の共同経営者が独立する際に、優秀な社員ばかりを根こそぎ引き抜いてしまったのだ。

 だが、ベトナムでは大量に退職者が出ることは珍しいことではない。優秀な人ほど一つの会社に長く勤務せずに良い条件があれば転職する、特に男性はエリートであれば独立を目指すのは当然のことなのだ。

 工場の作業員も気が向かなくなれば簡単な理由で辞めていく。特に旧正月の後には、どの企業も最悪の場合50%、最低でも10~20%の社員が出勤せずに、そのままいなくなることを想定している。

 働き手はあまたいるように見えるベトナムだが、経営側にとって雇用は厳しい環境下で行われているのが現状だ。

 しかし、同社でリーダーとして新人の指導や研究開発に携わっているのは、創業当時からの社員たち。ベトナム社会では夢のような話だが、木屋社長が会社の人間としてではなく、一個人としてスタッフと丁寧に向き合った結果である。口先だけの指示ではなく、自らスタッフとともに作業をすることで生まれた特別な仲間意識が、互いの考え方のギャップを埋め信頼関係を育んだのだろう。

 「創業当時からのスタッフとは馬が合ったからここまでやって来られた。何度もピンチに陥ったが彼らは積極的に苦労を共にしてくれた」。15年間を振り返ってのこの言葉には、普段から木屋社長が社員と向き合うときに大切にしている「相手をリスペクトする気持ち」が詰まっている。「貧しさの中にも楽しさや誇りを見いだしてほしい」。木屋社長がベトナム人スタッフに伝えてきたこの言葉も、経営者ではなく一人の人として発信するからこそ、相手の心に温かく響くのだろう。

 ベトナム人の気質をつかんだ木屋社長の立ち振る舞いは、日本での技能実習生受け入れの際にも、大きなポイントとなる。

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【プロフィル】新井健一

 あらい・けんいち 早大政経卒。大手重機械メーカー、外資系コンサルティング会社、医療・IT系ベンチャー役員などを経て、経営コンサルタントとして独立。人事分野で経営管理や経営戦略・人事制度の構築、社員の能力開発・行動変容に至るまで一貫してデザインできる専門家。45歳。神奈川県出身。