【プロジェクト最前線】「通り抜け」で客の動線つかむ 東神開発「日本橋高島屋S.C.」 (1/2ページ)

日本橋高島屋新館プロジェクトのリーダーを務めた清瀬和美さん
日本橋高島屋新館プロジェクトのリーダーを務めた清瀬和美さん【拡大】

  • 日本橋高島屋S.C.の本館に隣接して新館がオープンした=東京都中央区
  • 東神開発が手掛けた郊外型ショッピングセンター「玉川高島屋S・C」=東京都世田谷区

 ■矛盾への挑戦 「通り抜け」で客の動線つかむ

 江戸時代から商業の一大拠点として発展を遂げてきた東京・日本橋。老舗が軒を連ねるこの界隈(かいわい)に、創業1831(天保2)年の高島屋も店を構える。国の重要文化財にも指定される本館は重厚な外観を持ち、日本橋のランドマークとして威容を誇る。

 昨年9月、その本館に隣接して新館(地下1階地上7階)がオープン。4館体制のショッピングセンター(SC)「日本橋高島屋S.C.」(約6.6万平方メートル)として生まれ変わり新たな歴史を刻み始めた。

新しく個性のある店舗に

 従来の百貨店の既成概念にとらわれない斬新な発想とアイデアに彩られた新館は、瞬く間に消費者をとりこにした。開館から昨年11月末までの新館の1日当たりの来店客数は、計画値の約3万3000人を大きく上回る約4万人超。いま、最も勢いのあるSCの名をほしいままにする。

 ところが、プロジェクト着手当初は悲観的な見方ばかりが先行し、決して順風満帆な出だしではなかった。それ以上に、「私たち子会社の東神開発が大プロジェクトを担当していいのかと。そんな思いでいっぱいだった」。リーダーの清瀬和美・東神開発日本橋事業部部長は苦笑混じりに大仕事を引き受けた2016年当時を振り返る。

 というのも、日本橋という立地はブランドを大切にする高島屋にとって特別な場所だ。そもそも失敗は許されない。高島屋は長く新館構想の検討を重ねてきた経緯があり、百貨店である本館の増床とする線で議論は進んでいた。

 「トップダウンで急転直下、東神開発でSCをやれといわれ10人のチーム(兼務含む)で走り始めた。しかし、その時点で既にテナント交渉にかかる時間などから逆算すると1年足りない計算だった」(清瀬氏)

 都内に新規開業した大型SCが絶不調に陥り業界に寒風が吹き始めた直後でもあり、「テナントの出店マインドも冷え込んでしまっていて二重三重に厳しい状況。もうこれは危ないなと…」。清瀬氏はこう述懐する。

 こうした逆境の中でチームが取り組んだのは矛盾する命題への挑戦だった。

 まず、百貨店との親和性は維持する。百貨店離れが指摘される中でも本館の入店客数は1日約2.7万人にも達し「客がついている」(清瀬氏)。新施設も百貨店との連続性を保った方が有利と判断した。一方、若年層など新しい顧客をとらえるにはあえて百貨店の雰囲気を弱め、新しくかつ個性のあるSCとして若返りを進める必要があると考えたという。

 どう立ち向かうか。「実は新しいSCが建ったところで入店は期待できないと悲観的だった。ならば、『通り抜けてくれるだけでいい』という逆転の発想に立った」と清瀬氏はいう。

 念頭にあったのはパリのパッサージュ。屋根があって商店が両脇に並ぶ通りを人々が通り抜け、時折買い物も楽しむ。箱モノに客を呼び込もうと力むのではない。街の一部に溶け込み、そこを通過してもらうことで入店を待つのだ。

 折しも近隣にオフィスビルが立ち並ぶほかタワーマンションも林立し、確実に商圏人口は増加していた。チームは路上観察を続けて人の流れ、つまり街の動態をつかんでいった。

 この結果、通勤客らが毎日立ち寄れるよう、平日午前7時半開店のカフェなど13店舗を低層階に配置することにした。地下鉄日本橋駅改札からは、新館を通り抜ければ地上に出られる構造を利用して立ち寄りやすくしたわけだ。

 課題の中層階は、周辺住民ら向けのヨガスタジオなどコト消費の拠点を置くことで、普段使いを促す仕掛けを盛り込んだ。

 いずれもショッピングへの導線となることを狙っている。清瀬氏は「新館が街に染み出し、地元で働く人や住民が立ち寄る場に仕上げた」と地域密着型のコンセプトを語る。

真価問われる試み