高論卓説

在留外国人への日本語教育 国挙げて本気で取り組むべき環境整備 (1/2ページ)

松浪健四郎

 米州立東ミシガン大に1968年、トップアスリートのレスラーとしてスカウトされた。大学の試合に出場するためには、全米大学スポーツ協会(NCAA)のルールにのっとり単位取得が必須だった。毎夜、図書館で大学院生の家庭教師をつけられ、辟易(へきえき)するほど英語と会話の勉強を強制する大学。文武両道は本当だった。

 数年後、アフガニスタン国立カブール大へ教師として国際交流基金から派遣された。英語で体育学とレスリングの指導ができる者という条件を満たしていたからである。だが、カブール大生たちは英語を解せず、通訳の助手がついた。英語をペルシャ語に訳し、学生たちが理解する。やがて私は、ペルシャ語を耳学問として身につけた。アフガンという国に興味をもち、多くの友達を作ることができた。

 大相撲の外国人力士が流暢(りゅうちょう)に日本語を話すのには感心する。部屋の同僚力士が一日中指導するという。他方、プロ野球の外国人選手は、ほとんど日本語を話せない。通訳が付く上に日本人選手も英語を少し理解するためらしい。やはり、言語の習得は、専門的に学ぶ必要がある。

 現在、日本に住む外国人数は法務省によると約273万人である。在留外国人の増加や外国人労働者の受け入れを拡大する改正出入国管理法(入管法)の施行に伴い、今後は毎年約15万人程度の外国人が増える。そこで先日、「日本語教育推進法」が成立。国内で暮らす外国人たちへの日本語教育を推進するのは、国や地方自治体の責務であるとうたう法律だ。その国の言葉を自由に操ることができれば、有意義な生活が送れ、文化や歴史、習慣を理解し価値ある日々となろう。

 ただ、この推進法は理念法で、具体的な施策として実現するかが今後の政府と自治体の課題となる。そもそも日本語教師には、公的資格がなく、指導力にばらつきがある。大学で取得できる一般の教員免許と同様の免許制度をなぜ作らなかったのか疑問に思う。研修体制や資格制度を整備し、能力向上を図り、給与水準など処遇も改善されるというが、政府はそのために十分な予算をつけるだろうか。

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