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“野球選手にサッカーをさせた”から「世界に冠たる企業」が日本から消えた (2/3ページ)

 ゲームチェンジは強みを弱みにする

 かつて日本企業が世界を席巻できたのは、みごとなほど工業化社会のゲームに適応したからです。日本経済を牽引したのは、世界トップクラスのものづくりでした。開発部門が製品の機能を高め、製造部門は高品質の製品を効率よく大量生産したのです。それは、改良と改善を重ねていく技術革新の成果でした。

 この改良的イノベーションは、会社組織にも連続性があるほど強くなります。過去の成功と失敗が活きるゲームなので、お互いの知識、経験、思考が近いほど話は進みやすい。つまり、組織の同質性が強みでした。一括採用、終身雇用、年功序列、企業内組合といったクローズドな組織ほど有機的な結束は強く、そこで勝ち残った人が経営陣となり、トップに立ったのです。

 ゲームチェンジが起こったのは90年代前半、日本が平成に入った頃です。2つの大波がほぼ同時に押し寄せてきました。

 1つは、グローバル社会です。約40年つづいた米ソ冷戦が終結し、国際的な交通や通信が整備されてヒト、モノ、カネ、情報が国境を越えて動き出します。その結果、国際分業などの経済活動が飛躍的に進展しました。

 もう1つの大波はデジタル革命です。コンピュータやインターネットの利用が急速に進み、世界はIT社会に突入しました。この大波にエレクトロニクス分野などは瞬く間に飲み込まれ、従来のビジネスは跡形もなく一掃されました。たとえば、日本が得意とした垂直統合型のテレビ事業は、いまや地球上に存在しません。その後は自動車、重電、医療、サービスまで大きく変容しています。このグローバル化とデジタル化は、過去の環境とは連続性がない“破壊的イノベーション”でした。

 大波が見えてから変わっても逃げ遅れる

 それ以前の環境変化は、野球でいえば新しい戦術が開発されたとか、ルールが改定されたとか、その程度でした。ところが、90年代に始まったのはサッカーですから、野球チームのまま戦っても勝ち目はありません。

 日本企業のなかにも、2つの大波を察知して警告を発した人はいたはずです。たとえば、グローバル市場で戦っていた人たちには予兆が見えたでしょう。しかし社内で「従来のビジネスモデルが通用しなくなる」と訴えても、実際に大波を見ないうちは誰も信じません。連続性、同質性が変革を妨げたのです。

 30年前に必要だったのは、経営トップが「これからはサッカーだ」と即断し、自社をサッカーチームに切り替えることでした。ビジネスモデルを転換する。工場を手放してファブレス化する。過去の収益事業を売却する。そのうえで社外からサッカー選手を集めて、社内構造を一気に変革することでした。

 連続性、同質性の組織では、そんな織田信長タイプの経営者はなかなか育ちません。よっぽど切れ者でも、異端児扱いされて常務どまりです。

 この傾向は、現在もほとんど変化していません。先見性や実行力よりも、「あの人がトップなら会社全体の収まりがいい」という尺度でトップ人事が決まりがちです。しかも、穏健タイプの経営者ほど、もっと穏健な人を次期社長に指名します。負けつづけても、この連鎖は断ち切れないのです。

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