高論卓説

敗北から生まれたリチウムイオン電池 画期的技術開発の背景に「ビデオ戦争」

 熾烈(しれつ)な企業間競争が、画期的な技術開発を導くケースはある。リチウムイオン電池を世界で初めて量産・商品化したのはソニーで、1991年のことだった。もっとも、基礎開発は85年に旭化成によってなされていた。現在、旭化成フェローの吉野彰氏は、これによりノーベル化学賞を今年受賞している。

 ではなぜ、ソニーはリチウムイオン電池の量産にかじを切ったのか。背景には家庭用ビデオの規格統一をめぐる「ビデオ戦争」があった。日本ビクター(現JVCケンウッド)を盟主とするVHSと、ソニーが盟主のベータマックスという対立軸で、70年代後半から80年代にかけて電機業界を二分して争われた。最終的には、VHS陣営が勝利する。

 中鉢良治・ソニー元社長は2018年3月、筆者に次のように話した。「1976年にVHSが発売されると、ベータの旗色は悪くなった。このため、ソニーは次世代商品として、8ミリビデオの開発を極秘裏に始めるが、ポータブルで使うため高性能電池は不可欠となる。そうした中、吉野さんのリチウムイオン電池に(ソニー技術者だった)西美緒さんが着眼し、量産へと向かった」

 ビデオ戦争での「ソニー敗戦」が、リチウムイオン電池が世に出ていくきっかけになったのだ。仮にベータが勝っていたなら、電池の商品化は遅れ、スマートフォンや電気自動車(EV)の登場も、現実よりも時間がかかっていた可能性は高い。

 ダイハツ工業と関西学院大学理工学部の田中裕久研究室は、福島第1原発廃炉に向け、長期にわたる燃料デブリ保管時の水素安全技術として、自動車触媒を応用した「ハニカム型水素安全触媒」を今年7月に開発した。保管容器内に蓄積される水素濃度を低減させる技術で、外部からの電力を必要とせず、水素を安全な水に戻せるのが特徴だ。

 原型は2002年にダイハツが開発した「インテリジェント触媒」。ちょうど、規格改定により一回り大きくなった軽自動車の販売合戦が激化していた最中だった。

 排ガスの有害成分は、炭化水素(HC)、一酸化炭素(CO)、そして窒素化合物(NOx)。HCとCOは酸化させて水(H2O)と二酸化炭素(CO2)に、NOxは逆に還元させて窒素(N2)と酸素(O2)に、いずれも無害化させるのが触媒の役割だ。使われる貴金属はパラジウム、白金、ロジウム。一般に自動車触媒は、排ガスの高温に接すると貴金属の粒子が合体し大型化していく。大型化により排ガスに接する表面積は小さくなり、浄化性能は徐々に劣化していく。

 これに対し、インテリジェント触媒は排ガスを浄化する性能が8万キロ走行しても劣化しない。超微粒子化させた貴金属を、ハニカム形状の筐体(きょうたい)の表面に塗布したセラミックス結晶に埋め込む。酸化と還元の動きに応じて、セラミックス結晶から貴金属が出入りを繰り返すことで、“くっつき”を防ぎ大型化させない仕組みだ。

 長期に使える特性を応用した水素安全触媒は、原発事故発生直後の11年4月から、原子力機構の要請を受けて開発がスタートする。そもそもインテリジェント触媒を開発したのは、ダイハツ技術者だった田中裕久教授。16年に関学大に転じ、産学協同開発となる。「保管容器に入れておくだけで受動的に活性する。軽量コンパクトで扱いやすく、量産も可能」と田中教授。また、ダイハツの技術者は「(11年当時の)経営トップが『コストを考えず社会のためにつくり上げろ』と指示してくれたことが、今に結びついた」と語る。

 企業間競争だけではなく、トップで開発部隊は変わる。

                   

【プロフィル】永井隆

 ながい・たかし ジャーナリスト。明大卒。東京タイムズ記者を経て1992年からフリー。著書は『移民解禁』『EVウォーズ』『アサヒビール 30年目の逆襲』『サントリー対キリン』など多数。群馬県出身。

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