論風

米の対中制裁で東芝ココム事件再来も 企業向け指針策定が急務

 □知財評論家、元特許庁長官・荒井寿光

 2017年のトランプ米大統領の誕生以来、中国が米国の覇権を脅かしているとして、中国との貿易戦争がエスカレートし、通信機器大手華為技術(ファーウェイ)副会長の逮捕、19年国防権限法の制定、ペンス副大統領の中国脅威演説などにより、米国の対中姿勢は強硬になっている。

 一方、中国は49年に迎える建国100年を目標に「中華民族の復興」を図る路線を着実に進めており、米中の覇権争いは本格化している。

 ◆新冷戦による経済ブロック化

 米国は中国封じ込めにより、中国経済とのデカップリング(分離)を進めているが、中国は巨大経済圏構想「一帯一路」により、中華経済圏を作りつつある。世界は国境のない一つの経済システムになるというグローバリゼーションの夢は終わり、今や世界は2つのブロック経済に向かっている。かつての米ソ対立の東西冷戦に似た米中新冷戦の始まりだ。

 米国は技術や経済の優位性を維持するため中国へのハイテク技術の流出に神経をとがらせ、次々と制裁措置を講じている。ファーウェイや同業ZTEなど5社を取引禁止企業とし、多くの中国企業を「禁輸先リスト」に掲載して輸出を制限するとともに、人工知能(AI)、遺伝子工学などのハイテク技術の中国への供与を禁止した。

 全ての製品やサービスがインターネットでつながるようになっているため一部にでもスパイ製品が入り込めば全体のセキュリティーが脅かされる。

 懸念のある部品が入ったり、怪しい従業員が紛れ込まないようにするため、規制や指針の専門機関である米国立標準技術研究所(NIST)が、ハイテク技術保護やサイバーセキュリティーのための情報システムに関する厳格な規格を制定し、これに合格しなければ政府と取引できないようにしている。

 ◆日本企業に2つのリスク

 米国の対中制裁は日本企業にも重大な影響を与える。米国の措置は直接的には米国企業を対象にしているが、サプライチェーン(部品供給網)全体をチェックするため、素材、部品、製品などを米国企業に販売する日本企業も幅広く対象になる。

 米国の制裁措置により日本企業は2つのリスクを抱える。第1に、米国と共同開発したり、米国の技術を使用した製品を中国に輸出すると、米国の法令に違反する可能性が生ずる。第2に米国が問題にしている中国企業の製品、部品、ソフトウエアを使用している日本企業は、たとえ日本国内で使用していても米国政府や米国企業との取引ができなくなり、米国企業のサプライチェーンから外される。その場合、世界市場から外され、事業停止に追い込まれることもあり得る。

 日本企業の多くはこのような最近の米国の厳しい動きを知らないし、必要な対策を取っていない。危ない状況だ。

 日本には「東芝ココム事件」という苦い経験がある。1980年代に、東芝機械の工作機械がソ連に輸出され、潜水艦の建造に利用され、対共産圏輸出調整委員会(ココム)違反として米国から強いバッシングを受け、東芝グループ製品のボイコットや外交問題に発展し、親会社の東芝本体の会長、社長が辞任に追い込まれた。

 最近の米議会を中心とする中国に対するタカ派の感情は、かつてのソ連に対する感情に似てきている。日本企業も米国並みに、経営者が経済安全保障対策に本格的に取り組まないと東芝ココム事件と同じことが起こりかねない情勢になってきた。

 米国の対中制裁の仕組みがネット時代を反映し複雑で分かりにくいことと、一般に日本の経営者は経済安全保障意識が低いため、政府は早急に米国の制裁措置への対応を含む企業の経済安全保障対策についてガイドラインを作り、経営者を指導することが必要だ。

                   ◇

【プロフィル】荒井寿光

 あらい・ひさみつ 東大法卒、ハーバード大大学院修了。通商産業省(現経済産業省)入省、特許庁長官、通商産業審議官、初代内閣官房・知財戦略推進事務局長、世界工業所有権機関政策委員を歴任。退官後、日本初の「知財評論家」を名乗り知財立国推進に向けて活動。著書に「知財革命」「知財立国」。75歳。長野県出身。

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