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「秘密のケンミンSHOW」で大反響 「ケンミン食品」が狙う空白のビーフン市場 (1/3ページ)

 ビーフン最大手のケンミン食品(神戸市)が攻勢を強めている。

 同社の製品は、日本で流通するビーフン市場のおよそ6割の市場シェアを占める、ビーフン界のガリバーだ(出典:日本税関2018年ビーフン輸入量)。主力の「ケンミン焼ビーフン」シリーズは、2020年に発売60周年を迎えるロングセラーだ。しかも、16年には年間約1000万食だった売り上げは、17年以降は約1500万食へと1.5倍に増えた。

 これをきっかけに、今まで弱かった東日本への認知と拡販を進め、現状の年商85億円(19年2月期)を、目標100億円に引き上げている。

 「秘密のケンミンSHOW」で大反響

 近年の売り上げ急上昇の要因は、17年6月に放映された日本テレビ系「秘密のケンミンSHOW」で特集されたためだ。番組スタッフは、ひそかにケンミンの焼ビーフンに対し、他人事とは思えぬシンパシーを抱いていたようで、同年の秋に番組10周年を迎える記念として、取材を敢行した。

 番組をきっかけに焼ビーフンを初めて食べた人の多くが、リピーターとなって定着してきている。

 また、スーパーなどの弁当・惣菜コーナーで、「ケンミンのビーフン使用」を明記したシールを貼る動きが広がっていて、「いなげや」「イオンスタイル」「まいばすけっと」「イトーヨーカドー」といった店舗で見かけるようになった。

 「シールがあると売れ行きが違う」と、ケンミン食品東京支店・堂本輝明支店長は、ケンミンのビーフン使用による販売促進効果に自信を見せている。

 もう1つ好調な理由がある。ビーフンは米からつくる麺なので、小麦からつくるラーメンなどの麺に含まれるアレルゲン、グルテンの成分を有していない。つまり、近年増加しているとされる小麦アレルギーの人でも安心して食べられる、グルテンフリー食品である。欧米でも人気が高まるグルテンフリーのトレンドは、ビーフンにとって追い風。ケンミン食品では輸出にも大きな将来性があると、期待を膨らませている。

 このようにケンミンのビーフンが長寿商品として愛されている。しかも、ビジネスチャンスが広がろうとしている。商品力の高さの秘密を探ってみた。

 1950年に創業

 ケンミン食品は、台湾随一のグルメの街として知られる台南市郊外出身の故・高村健民氏が創業した。戦後の混乱期から日本が復興してきた1950年に、神戸で健民商会を立ち上げ、製麺所を建設したのが始まりだ。中国からの引揚者たちからの「もう一度本物のビーフンを食べたい」という声に後押しされた。

 ケンミン食品の“ケンミン”は、創業者の名前“高村健民”に由来する。製麺所といっても、自宅の10畳の土間にて、生のビーフンを手づくりして、神戸の中華料理店に売っていた。業務拡大につき、56年には兵庫県内に上郡船坂工場を開設している(現在は兵庫県丹波篠山市に移転)。

 中国では、ビーフンはラーメンやうどんのように汁に入れて食べるのが主流だが、高村氏は日本人の味覚には焼ビーフンのほうが合うと考え、焼ビーフンの普及を視野に入れた販売を行った。

 ちなみに台湾出身の日清食品創業者・安藤百福氏が世界初の即席ラーメン「チキンラーメン」を発売したのは1958年。その2年後の60年には、味付きの即席「ケンミン焼ビーフン」を発売している。ビーフンは油で揚げるとパフ化(膨化)してしまうので、ラーメンのような瞬間油熱乾燥法を採用できず、最初からノンフライによる熱風乾燥法を確立した。

 ケンミン食品では既に米100%の乾麺「ケンミンビーフン」を発売していたが、お湯で戻してから水で冷やさなければならない面倒さがあったのだ。ところが新しい「ケンミン焼ビーフン」は、有り合わせの野菜と豚肉と炒め用の油があれば、フライパンに水を190cc注いで蓋をして3分間強火で加熱するだけで、簡単に出来上がる。

 当時の日本には約100社のビーフンメーカーが乱立していたが、淘汰されたり、即席ラーメンの製造などに転換していったりした。

 このように、簡便に調理できる「ケンミン焼ビーフン」の発売により、ビーフンは中国から帰還した人も多かった九州や本社のある関西などを含む西日本でなじみのある食品となった。しかし、中京や北陸以東ではあまり浸透しておらず、春雨や葛きりと混同する人も未だ多い。

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