テクノロジー

オリンピックは最大の見本市 競技そのものを進歩させるテクノロジー (1/2ページ)

 【TOKYOが変える未来(5)】

 《320センチ、時速108キロ》

 昨年10月に行われたバレーボール・ワールドカップ(W杯)男子大会の日本-ポーランド戦。日本代表のエース、石川祐希(24)が強烈なスパイクを繰り出すと、テレビ画面には瞬時に、打点の高さと球速が表示された。

 選手のプレーやボールの動きをリアルタイムで計測するパナソニックの映像解析技術「3Dトラッキング」。複数箇所に設置されたカメラ映像が選手の背番号やボールの位置を3次元で把握。球速やサーブの軌道といったデータを即座に分析、すべてを数値化する。

 パナソニックは、2020年東京五輪の中継番組での採用を目指しているという。縦横無尽にボールが飛び交う複雑な試合中の動きを詳細に数字で「丸裸」にするデータ化は、視聴者がより深く試合を楽しむための資料となりえるからだ。

 「バレーボールの新しい見方を提供することができるようになる」。担当者は胸を張るが、効果はそれだけにとどまらない。チームはこうしたデータを基に、より詳細な戦術・戦略を立てられる。それは、競技そのものを劇的に進歩させる可能性すら秘める。

 食卓にある一台のテレビを家族で囲み、翌日は学校で五輪の話題一色-。

 アジア初の五輪となった1964(昭和39)年の前回東京大会では、五輪初のカラー放送や衛星中継など、新たな放送技術が続々と登場した。カラーテレビが爆発的に普及し、日本各地でこんな光景が見られた。

 近代五輪が始まった19世紀末以降の歴史は、メディアの発達の歴史でもある。

 日本で初めて五輪のラジオ放送が実施されたのは、32年ロサンゼルス大会だった。4年後の36年ベルリン大会、水泳200メートル平泳ぎで日本初の女性金メダリストとなった前畑秀子の中継でアナウンサーが「前畑がんばれ」と連呼した実況は、今も語りぐさになっている。

 その後、中継の主役はテレビに移った。「テレビ五輪」の様相を呈した64年、人々は電器店に押し寄せ、テレビだけでなく「五輪景気」で洗濯機や冷蔵庫などの家電も飛ぶように売れた。

 日本を代表する電気街の東京・秋葉原。当時中学生だった秋葉原観光推進協会理事、松波道広(70)も、父親が立ち上げた家電量販店を手伝った。「街中が活気に満ちていた」と振り返る。

 そして今、注目を集めるのは双方向のコミュニケーションが特徴のソーシャルメディアだ。2012年のロンドン五輪は、会場に詰めかけた観客、実際に競技をする選手、中継を見た視聴者らがこぞってツイッターやフェイスブックで情報を発信。「ソーシャル五輪」と呼ばれた。

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