高論卓説

映画「淪落の人」が教える外国人との介護生活

 名優が演じる「どん底」からの再出発

 「人生のどん底にある人は、一体どうやってその先の人生に向き合えばいいのか」

 日本で公開が始まった香港映画「淪落(りんらく)の人」(原題:淪落人)を撮った若手監督のオリバー・チャンの言葉だ。この作品のテーマは、主役を演じる香港の名優、アンソニー・ウォン(黄秋生)にも当てはまるものである。

 アンソニー・ウォンはいま、香港映画界から干された状態にあり、メジャー作品から声がかかることはない。2014年の雨傘運動で中国政府を厳しく批判する発言をしたことが理由だ。『インファナル・アフェア』などで高く評価される演技を見せ、2度も香港映画の最高峰「金像奨」の最優秀主演男優賞を取った演技派俳優は最近、スクリーンでめっきり姿を見なくなっていた。

 主役の中年男性は事故で半身不随になった。一緒に暮らし始めたフィリピン人メイドとの葛藤や対立を含めた人間関係を表現する難しい役割である。だが、アンソニー・ウォンは二つ返事でこれを受けた。しかもノーギャラで。

 その理由をインタビューで尋ねると、「私も、障害者のようなものじゃないかね。体のことではなくて、俳優としてだけれども」といって、いたずらっぽい笑顔を浮かべた。

 この作品で、アンソニー・ウォンは3度目の金像奨最優秀主演男優賞を受賞し、「名優ここにあり」を世界に示した。監督も金像奨の最優秀新人監督賞を獲得し、作品は世界中で引っ張りだこである。

 「私は監督を助けたい気持ちでオファーにOKした。映画は成功して、こんな私でも、確かに監督の役に立ったのだろう。同時に、私自身もこの映画に助けられた」

 作品では、アンソニー・ウォン演じる主人公は、フィリピン人メイドが隠し持っていた「夢」を探し出し、その実現を助ける。人生に絶望して自暴自棄になっていた主人公が、生き生きと人間性を取り戻していくところに、アンソニー・ウォンの人生を重ねないわけにはいかない。

 映画の主題は「人間の再生」なのだが、もう一つの主題は、異邦人とともに作り上げていく老後や介護のあり方への問いかけである。

 主人公は差別意識を最初は丸出しにする。香港社会では、常に外国人メイドへのいじめや差別が指摘されて久しい。その点について、アンソニー・ウォンは自らの文化に根ざした問題もあると指摘する。

 「香港には職業に関して階層意識があって、ブルーカラーのワーカーに対して、排他的な態度をとってしまう人がいる。全てを階層によって区別しようとする中華文化の影響で、いまの中国の共産党の文化にも通じる。そんなわれわれの社会の欠陥を、この映画で気づいてもらえればうれしい」

 近い将来、外国人が介護現場に入ってくることは日本でも不可避となっている。外国人の手を借りることは必要だろう。だが、それだけでバラ色の老後が訪れるわけではない。縁もゆかりもなく、言葉も通じない人に、自分の最もプライベートな部分を任せるのである。こうした未来は、想像しようと思っても、なかなか想像できない。そんな方には、ぜひこの作品を見てほしい。

 現実には、雇用者と被雇用者である以上、きれいごとだけでは済まないことはあるだろう。それでも、人を助けることで、自分も助けられる、そんな当たり前の話にこれほど心が揺さぶられる理由を深く考えてしまう作品である。

「淪落(りんらく)の人」

新宿武蔵野館 他 全国順次公開中

公式サイト:http://rinraku.musashino-k.jp

【プロフィル】野嶋剛

 のじま・つよし ジャーナリスト。大東文化大学特任教授。朝日新聞で中華圏・アジア報道に長年従事し、シンガポール支局長、台北支局長、中文網編集長などを務め、2016年からフリーに。『ふたつの故宮博物院』『銀輪の巨人 GIANT』『台湾とは何か』『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』など著書多数。

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