高論卓説

呼び込みたい“球速160キロ級”の「超高度人材」 求められる人材戦略

 グローバル競争に不可欠、環境整備急げ

 「インドに進出したのは、実は優秀な人材をインドで発掘するのも目的」

 サントリーホールディングスの新浪剛史社長はこう話す。昨年末から同社は、インドでのウイスキービジネスに参入している。だが、2014年に米ビーム社(現ビームサントリー)を買収し世界へと打って出ている同社にとっては、「やってみなはれ」に応えグローバルにやれる人を確保していく必要がある。

 「(野球に例えて)球速160キロを投げられる超高度人材は、日本の教育システムでは育てられない。平均点は高いものの偏差の幅は小さい」(新浪氏)と指摘する。つまり、戦後教育は平均点を高くすることを目的としていて、一部の突出した能力をもつ子供を伸ばす体制にはないというわけだ。「なので、インドなど海外から来てもらうしかない」と新浪氏はいう。

 しかし、問題なのは球速160キロ投手は、日本には来てくれないのだ。大きな理由の一つは報酬。長期雇用を前提とした日本企業の給与体系は、米国企業などと比べどうしても低い。一般に、「スタンフォード大学を卒業して、AI(人工知能)エンジニアでシリコンバレーの企業に入れば年収20万ドル(約2050万円)。Ph.Dをもっていれば年35万ドル」などとも指摘される。さらに、自宅や自家用車を提供されるケースもあり、米企業や中国企業が世界の超高度人材を採用していく。

 こうした中、富士通は4月発足のコンサルティング子会社リッジラインズで、世界の相場に準じた報酬制度を導入する。若手でも高額報酬を提供していくが、「毎年2割程度の離職を織り込んでいる」(リッジラインズ社長に就任する今井俊哉氏)と長期雇用の前提を切り離す考えだ。新しい動きは、日本企業の一部には始まってきたといえよう。

 この一方で、短期的には外国人に頼っても、長期的には日本人の超高度人材を育成する必要はある。学校教育を、全体の平均を上げるだけではなく、数人の傑出を育める体制も加えていく。

 具体的には、優秀者を対象に学年を繰り上げられる「飛び級」の導入、得意科目を徹底して伸ばす方式など、一律ではない柔軟なシステムを導入していくことではないか。戦後の学制は6・3・3・4と固定化されている。だが、少なくとも戦前は、多様だった。飛び級はあり、旧制中学では学校長の権限も強かった。

 例えば、旧制東京市立一中(現在の千代田区立九段中等教育学校)の校訓は「第一たれ」。数学の授業は「クラスの上位四人だけを相手にする高度な内容だった」(OB)。平均点の底上げを追わないが、卒業生にはロケット開発の父と称される糸川英夫氏(東大教授)、囲碁の発想で第1号国産コンピューターを開発した池田敏雄氏(富士通専務)と、天才がいた。

 少子高齢化に歯止めがかからないだけに、抜本的な教育改革による、超高度人材の育成は本当は不可避だ。長期的な視座から動き始める時期を迎えている。

 超高度人材は単純に全体のレベルを上げるだけではなく、技術やビジネスの基点となるデザインを担える点が大きい。米アップルを創業したスティーブ・ジョブズ氏のように。

 現在は世界中が新型コロナウイルス禍に見舞われているが、グローバルな企業間競争は継続し激化している。アメリカで移民を制限する動きが急なだけに、日本にとっては傑出した能力を持つ外国人を呼び込むチャンスではある。長期と短期と、両面からの人材戦略は、官民一体で求められる。

【プロフィル】永井隆

 ながい・たかし ジャーナリスト。明大卒。東京タイムズ記者を経て1992年からフリー。著書は『移民解禁』『EVウォーズ』『アサヒビール 30年目の逆襲』『サントリー対キリン』など多数。群馬県出身。

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