ガバナンス経営最前線(4-4)

よいリーダーを選ぶ重要性

 日本取締役協会会長・宮内義彦氏に聞く

 コーポレートガバナンスの仕組みを活用することで日本企業の稼ぐ力を高めよう。そんな活動を展開してきた日本取締役協会は、発足して18年になる。この間、同協会は積極的な政策提言などを実施。日本のコーポレートガバナンスは制度面では大きく前進した。半面で、“実質”という面ではこれからが本番となる。実質面の動きが鈍い日本企業に対し、5年前には、実践によって成果を挙げた企業を表彰する「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー」を創設、“手本を示す”ことで裾野を拡大しようと奔走している。“形式”から“実践”の段階への移行はどこまで進んでいるのか。今後の課題、展望などについて、日本取締役協会の宮内義彦会長に聞いた。(青山博美)

 --「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー2019」では塩野義製薬や日本精工、三井化学が選ばれました

 「毎回思いますが、日本にもここまで進んでいる会社があるということに大変感心させられます。こういう会社を発掘し、その取り組みなどを紹介できたことに大きな意義を感じます。今回で5回目となりましたが、受賞企業の取り組みはいずれも独創的で他の追随を許さない素晴らしいものです。ただ、ガバナンス改革に関心の薄い、あるいは戸惑っている企業にとってはあまりにも敷居が高く感じたかもしれません。その点では、今回の受賞企業は多くの企業にとって参考にしやすいことでしょう」

 「今回の受賞企業は、多くの日本の大企業と似たような成り立ちや風土を持っている企業だったように思います。塩野義製薬は創業家がリードしてきました。その中核にいた社内の人材がトップになり改革を進めました。三井化学は財閥系、日本精工も伝統的な企業です。特別賞である経済産業大臣賞に選ばれた資生堂は社外からトップを招聘(しょうへい)して改革を進めました。東京都知事賞のダイキン工業は社会性の高い大きなビジョンを掲げています。いずれの企業もさまざまな制約をおして改革したという点で共通しています。これら企業の実例は、どこでも取り組めば改革は可能だ、ということを示しているのではないでしょうか」

 --受賞企業はみな、業績向上や企業としての在り方の追求という目標達成に向けた強い意志を持っています。加えて、経営トップがその実現に強いリーダーシップを発揮しています

 「ガバナンスが進んだというのはどういうことなのでしょう。結論的には、会社を変えていったり、イノベーションを起こしたりというような、前向きに会社をリードしていく経営トップを選べるガバナンスになっているかどうかが最終的な答えではないでしょうか。受賞企業はそういうことを実現し、そうして選ばれた経営トップが結果として会社を改革した実例といえそうです。そういうトップをはじめに選んだ前任の経営トップの判断も称賛に値します。まずそういうトップを選ばないと始まりませんからね」

 --そういう意味では、ガバナンス経営の究極のねらいはよいリーダーを選ぶことかもしれません

 「そうだと思います。これは、よくないリーダーに引導を渡すことでもあります。よくないリーダーを解任し、よいリーダーを選ぶ。これと同時に、よいガバナンスを構築することは、そうして選んだトップやそうした会社を守ることではないかとも思います。いま求められている経営者は、会社を改革してイノベーションにつなげていくような人です。こうした経営トップに思い切って改革を進めてもらうためにもガバナンスが必要です」

 攻めるトップを守る

 --今回の大賞企業である塩野義製薬の手代木功社長は、経営トップとして改革を進めるうえでの恐怖心を語られています

 「経営トップが恐怖心を持つというのは非常によくわかりますね。自分が判断を間違えば会社をおかしくしてしまう、という恐怖心。しかし、これがないのはよくない。独りよがりな経営になると思います。半面で、この恐怖心が強すぎると守りに入ることでしょう。この加減は非常に難しいところです。攻めないといけないが、それは怖いことでもある。多くの経営トップはそう思うのではないでしょうか。だから攻めるトップを守らないといけません。ガバナンスはそういうものでもあります」

 「社外取締役もそうですし、厳格な会計監査法人や弁護士事務所もそうです。彼らから厳しい指摘を受けたりもするわけです。いろいろうるさいと思うかもしれない。しかし、実際には彼らは経営トップや会社を守ってくれているのです。わたしはそう思っています。株主も同様です。ただ、株主やその周辺については、いろいろな考えや意向があります。短期的な利益を得たい株主には、将来その会社がどうなるかなんて関係ない、というケースもありますからね」

 --コーポレートガバナンスの原則論にある投資家との対話ですが、これまた原則である中長期的な視点が必要です

 「経営者の視点に合致する考えを持った投資家の意見は価値がありそうです。とはいえ、誰の話をよく聞くのかは重要な選択です。足元の利益しか見ない短期的視野の株主もいるわけですから」

 「経営者は誰よりも長期的視点を持つべきだと思います。そういう経営者の視点から見ると、参考になる株主とならない株主がいるわけです。よく会社の最重要ミッションを長く続けることだとする考え方がありますが、長ければいいというふうに考えると本質が見えにくいですね。コーポレートガバナンス・コードにもある中長期的な成長を続ければ会社は長く続くわけです。むしろ、長く続く会社は中長期的に成長してきたわけです」

 市場のプレッシャー不足

 --中長期的な成長を続けるためには、その局面にあった経営トップを適切に選び続けていく必要がありそうです。そのためのガバナンス改革でもあります。この動きをより加速しなければいけません

 「実質を伴ったガバナンスの効果で企業価値を高めている会社は現にあり、意識の高い経営トップが変革を断行してます。ただ、これらはたまたまそういう経営トップがいたからだ、という面があります。まだまだガバナンス改革で企業価値を高めるという意識は一般論にはなっていない。東証に上場する三千数百という企業の多くは形式上のガバナンスを整えました。とはいえ、この仕組みを活用した企業価値の向上への取り組みはまだまだ弱い。その理由は、結論的に言えばマーケット(株式市場)のプレッシャーがまだまだ低いからでしょう。プレッシャーが高く、取り組んでいるところの株価が上昇する半面で、形式のみのところの株価は下がる、といった局面になれば、意識の高低にかかわらず業績向上にさらなる努力をせざるを得なくなります」

 「日本はマーケットのプレッシャーが低いですね。まれに物言う株主が登場しますが、これも特殊なケースです。ある意味では、日本はまだまだ資本主義になりきれていない。そういった根底の部分までみていくと、教育の問題なども含め、考えることはあまりにもたくさんあります。日本取締役協会としては、そういった日本のマーケットを憂いながらも、会社の価値を中長期的に高めるガバナンスの必要性を訴えていきます」

【プロフィル】宮内義彦

 みやうち・よしひこ 1960年、日綿實業(現双日)入社。64年4月オリエント・リース(現オリックス)入社。70年3月取締役、80年12月代表取締役社長・グループCEO、2000年4月代表取締役会長・グループCEO、14年6月からシニア・チェアマン。ACCESS、三菱UFJ証券ホールディングス、カルビー、ラクスル社外取締役。84歳、神戸市出身。

【用語解説】日本取締役協会

 上場企業・大企業の会長、社長、取締役・社外取締役、執行役、管理職を対象に、今後求められる、コーポレートガバナンスの情報・知識を提供している。2001年11月に発足し、02年4月有限責任中間法人格を取得。09年1月から一般社団法人に移行した。取締役・取締役会運営の実効性向上をテーマにした委員会、セミナーのほか、社外取締役を対象とする研修、企業表彰「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー」の開催などを手掛ける。コーポレートガバナンスと企業経営に関わる必須情報を提供する雑誌「Corporate Governance」も季刊で発行。

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