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技術ブランディングは急がず育てるのが望ましい

 心理学者の故・河合隼雄氏は、著書『こころの処方箋』の中で「速断せずに期待しながら見ていることによって、今までわからなかった可能性が明らかになる」という一節を残した。シーズ技術の事業化にも同様のことが言える。自社技術の可能性を探究するためにも、ブランディングは急がず、満を持して始めるのが望ましい。小さく生んで大きく育てるわけだ。(エヴィクサー社長・瀧川淳)

 ブランディングは嗜好(しこう)品、高級アパレルの世界から、技術や成分の事業化戦略まで広がってきた。成分ブランディング、要素ブランディング、エンジニアリング・ブランドなどのケーススタディーを伴う研究が国内外で数多くなされている。今やシーズ技術の事業化にブランド戦略は必要不可欠だ。

 「ゴアテックス」「ドルビー」「シマノ」と聞くと、防寒具や雨具、劇場の音響、自転車を思い浮かべる人が多いだろう。完成品の性能をイメージするときに信用を与えることが技術や成分のブランドの役割であるから、見事に機能していると言える。

 エヴィクサーでは、シーズ技術の開発を本格的に始めてから8年もの間、エンターテインメントという特定の分野で顧客側の強いニーズを探り当てるまで、技術のブランドは一切打ち出さない準備期間を持った。理由は2つあり、「具体的なスペックを示せない」「どんな特定の分野でもトップになる勝算をつかむまで粘っていた」という点にある。

 「キャズム(溝)理論」で有名なマーケティング学者のジェフリー・ムーア氏は、この準備期間を「ボウリング・レーン」と表現している。ニッチ市場は競争がそれほど激しくない。ニッチトップを目指し、培ったノウハウや信用で地力をつけ、それを軸にしてブランドを打ち出すことが有効だとする。ボウリングは初心者でもそこそこスコアを出せるスポーツであり、自分の思い通りに投げられて、1本のピンが倒れれば隣のピンも連鎖して倒れるかもしれない、という理屈だ。

 エヴィクサーが開発した音の信号処理というシーズ技術は、映画館内の同期技術としてホラー映画の演出でデビューし、数年の実証を重ねて、バリアフリーや外国人向け支援などのさまざまなニーズと独自の提供価値を探り当てた。課題解決の積み重ねの中でスペックが定義できるようになり、「Another Track(アナザー・トラック)」という技術のブランドを打ち出した。従来のサービスに加え「新しいもうひとつの何か」を提供できるという確信を持ったブランディングだった。

【プロフィル】瀧川淳

 たきがわ・あつし 一橋大商卒。2004年にITスタートアップのエヴィクサーを設立し現職。08年以降、デジタルコンテンツ流通の隆盛をにらみ、他社に先駆けて自動コンテンツ認識(ACR)技術、音響通信技術を開発。テレビ、映画、舞台、防災などの分野へ応用し、「スマホアプリを使ったバリアフリー上映」「字幕メガネ」を定着させる。40歳。奈良県出身。

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