リーダーの視点 鶴田東洋彦が聞く

熊谷組・櫻野泰則社長(2-1)

 誠実さ・挑戦心前面に成長持続へ

 日本の建設史に残る難工事といわれる「くろよん(黒部川第四発電所)」のトンネル工事を請負、「トンネルの熊谷」のブランドを築いた熊谷組が新たなブランディング戦略に力を入れる。2018年4月の社長就任以来、櫻野泰則氏が先頭に立って取り組んできた経営危機からの再建・再生に確かな手応えを得たからだ。「誠実さ」と「挑戦心」という熊谷組スピリットを前面に出しながら、トンネルとこれから確立する新分野を両輪に持続的成長と企業価値向上を目指す。

 国土強靱化、着々と

 --建設業界の景況見通しは

 「新型コロナウイルス感染拡大以前は、『東京五輪・パラリンピック後は大丈夫?』といわれてきたが、『大丈夫そう』の雰囲気が大勢だった。長期トレンドでは建設需要は間違いなく減るが、インフラ更新需要やインバウンド(訪日外国人客)向け投資のほか、2025年開催の大阪・関西万博、IR(統合型リゾート)、北陸・北海道新幹線延伸、リニア新幹線建設などイベントが多く控えているからだ」

 「しかし、新型コロナの影響で世の中が一変した。建設市場においても設備投資の延期・縮小・中止はもとより、そもそも営業活動に支障が出ており商談が進まない。このため手持ち工事を消化していくことになるだろうが、人、モノが動かず、新規工事が減るので来年、再来年が大変心配だ」

 --業界の課題は

 「年々激甚化する異常気象など自然災害への対応は待ったなしだ。11年に起きた東日本大震災以降、将来起こるであろう南海トラフ地震などに備えたインフラ整備について考え直すべきだ。『安全・安心で強靱(きょうじん)な国土づくり』という使命をわれわれは課せられており、着々と進める」

 「慢性化する人手不足も心配だ。建設業全体の就業人口減少と技能労働者の高齢化などによって、仕事があっても人がいないという事態が起きかねない。(優秀な担い手を育成・確保するため技能者の就業履歴を蓄積し適正に評価する)『建設キャリアアップシステム』の導入や女性の活用、外国人労働者の育成にもこれまで以上に取り組む必要がある」

 ICTで生産性向上

 --建設現場の生産性向上も欠かせない

 「AI(人工知能)やICT(情報通信技術)などを活用すべきだ。国土交通省は(ICTを建設現場全体に導入して生産性向上を図る)『i-Construction(アイ・コンストラクション)』構想を進める。われわれも測量にドローン(小型無人機)を使ったり、無人で施工したりしており、現場は進化している。しかし、もっと知恵を出す必要がある」

 --こうした環境下で目指す道は

 「1898年に福井県で創業して以来、『いつか世の中のお為になるような仕事をさせていただきたい』『難所難物(困難な工事)があれば、私にやらせてください』と語った創業者、熊谷三太郎の言葉と思いを今日まで受け継いできた。熊谷組スピリットの原点となっており、誠実さと挑戦心で活力あふれ、成長エネルギーが感じられる会社を目指す」

 --創業120年を超す歴史を振り返ると

 「福井市の宿布発電所の請負に始まり、黒部ダムのトンネル工事など土木・建築分野で日本の復興と高度経済成長に貢献し、海外にも活躍の場を求めていった。それに伴い当社も右肩上がりで成長した。しかし急成長によるゆがみがバブル崩壊で一気に顕在化した。会社設立以来の経営危機に陥り、多くの方々に迷惑をかけてしまった。再建の過程では協力会社や社員にも苦労をかけた」

 トンネルに並ぶ新ブランド確立を

 「『再生から成長に向けての安定した収益力の確保』を掲げて、2017年度に終了した前中期経営計画では連結営業利益率4%以上の常態化、ROE(株主資本利益率)10%以上という数値目標を達成し、再生への道、新たな成長期に入った」

 --手応えを得た

 「社員のモチベーションは他社に負けないほど高まり、成長を実感できる、活力あふれる会社になりつつある。とはいえ、かつていわれた『暴れん坊の熊谷』をほうふつさせるまでに至っていない。まだまだ業界で暴れておらず、『こう変わった』といえるのはこれからだ」

 --新生・熊谷組が目指す道のりに対する進捗(しんちょく)状況は

 「17年11月に22年度までの中長期経営方針を策定したが、成果はこれから出てくる段階なのでまだ数字に表れておらず、これからだ。当社グループビジョン『高める、つくる、そして支える』の具現化に向け、社会から評価され、必要とされる企業であり続けること(誠実さ)、時代の変化を取り込んで自らを変革すること(挑戦心)が求められる」

 「その上で、良質な建設サービスを市場に提供し続け長期的な成長を実現する。また、持続可能な社会の形成に貢献するためESG(環境・社会・企業統治)やSDGs(持続可能な開発目標)の視点を取り入れた経営を強化する」

 --22年度の目標は

 「連結の売上高5000億円、営業利益500億円を目指す。そのために18年度からの3年間で600億円規模の成長投資を実施する。20年度に売上高4600億円、営業利益330億円という目標に向けて進んできたが、新型コロナの影響で世界経済が混迷する中、進捗を含め見直す必要があると考えている。だが、進むべきベクトルの方向性は間違っていないので焦ってはいない」

 海外事業は手堅く

 --住友林業との提携もその一環だ

 「17年11月に業務・資本提携した。国内の住宅市場、建設市場は人口減少に伴って縮小するとの危機感を互いに持つ。新たな市場創出や付加価値の高い技術開発、不動産事業での海外展開といった持続的成長に向けた取り組みが必要と考え、タッグを組むことで合意した。環境でシナジー創出を期待している。というのは、エコの観点から国内は非木造の需要が木造に代わるとみているからだ」

 「住友林業は(41年を目標に高さ350メートルの木造超高層建築を実現する)『W350計画』に取り組んでおり、われわれが持つノウハウなどを提供してサポートする。一方でわれわれは5~7階建ての中層木造ビルを建てたいと思っている。今期中に1件受注するという目標を掲げており、中高層木造ビル進出の足がかりにしたい」

 --海外事業は

 「香港の海底トンネルに中国銀行香港支店、オーストラリアのシドニーハーバートンネルに加え、海外事業縮小後も台湾のTAIPEI101、陶朱隠園などを手掛けた。かつては『海外に強い熊谷組』といわれ、看板事業の一つだった。再スタートを切ったばかりなので手堅くいくが、近い将来には売り上げの8~10%を海外で賄いたい。22年度は350億円の売り上げを想定している。18年度は100億円なので250億円の上積みにチャレンジする。不動産販売事業も含めてまずはアジアをターゲットに据える」

 --熊谷組といえば『トンネルの熊谷』の印象が強い。新たなブランディング戦略は

 「当社の得意分野を象徴する事業を確立して『○○の熊谷』といわれるような新事業を見いだそうとしているが、そう簡単ではない。トンネルのイメージが強く、国内建築が売り上げの7割を占めるのに建築分野で熊谷組を象徴するブランディングができていない」

 「木造高層ビルへの注力や、高い技術力があった海外事業に再挑戦していく中で事業のポートフォリオを最適化できる新たな得意分野をもう一つつくりたい。トンネルとこれから確立する新分野を車の両輪として成長戦略を描く」

 難局の先にヒント

 --熊谷組スピリットをどう生かす

 「新たなブランディングにより事業の幹が可視化されると、社員のベクトルもおのずと合い、株主や投資家への訴求力も向上する。昨年度、なでしこ銘柄(女性活躍推進に優れた上場企業)に選定された。好感度向上には資するが、それだけでブランディングに生かせるとは思っていない。個人的には、時代の変化を取り入れながらも泥臭く、誠実でありながら、暴れん坊でやんちゃなイメージを持ってもらえるようなブランディングを目指したい」

 「しかし新型コロナの影響により、これまで描いてきた成長のシナリオは見直さなくてはならない。当社はこれまで数々の難局を乗り越えてきた。今回の試練も社員全員が心を一つにして必ず乗り切れると確信している。この難局を乗り切った先に新たなブランディング戦略のヒントが見えると考えている」

                   ◇

【プロフィル】櫻野泰則

 さくらの・やすのり 京都大経済卒。1981年熊谷組入社。2011年執行役員、12年取締役、14年常務取締役、17年専務取締役を経て18年4月から現職。62歳。富山県出身。

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