高論卓説

貴重な財源にもなっている「サウジ大巡礼」 コロナで初の中止も検討

 教徒250万人参加、財政への影響大きく

 サウジアラビアが、現在のサウジ王国として設立された1932年以降、聖地メッカへの大巡礼(ハッジ)の中止を初めて検討していることが明らかとなった。同国巡礼省の高官が、実施の有無を慎重に検討するとともに幾つかのシナリオを考えていると発言したからだ。

 サウジ巡礼省が大巡礼を実施するべきか否かで頭を痛めているのは、新型コロナウイルスの感染者数が12万人(14日時点)を超え、しかも都市別に見た人口100万人当たりの感染者数ではイスラム教の聖都メッカ、メジナが、それぞれ1万1000人強、9000人強と1、2位を占めているからにほかならない。

 さらに、サウジ政府首脳を困らせているのが、ここに来ての新規感染者数の急増である。サウジにおける新型コロナの新規感染者の前日比増加数は5月26日に1931人と2000人を割り、その状態を6月4日までほぼ続けていた。ところが、5日に2591人へと増加した。翌6日からは連日3000人を超える増加となり、11日には4000人に迫る3921人増を記録している。

 毎年、イスラム暦の12月に行われる大巡礼の開始日は、月の満ち欠けを見て高位のイスラム学者が最終判断することになるが、今年の場合、現時点では7月30日頃からといわれている。ここ数年、大巡礼には約18億人といわれる世界のイスラム教徒のうち約250万人が参加している。

 イスラム教徒には信者が行うべき「五つの行為(五行)」、具体的には、「信仰告白」「礼拝」「断食」「喜捨」「大巡礼」の5つの義務がある。ただし、大巡礼は経済的、体力的に可能な信者だけが行えばよいとされている。それでも、修了者は「ハッジ」という称号を与えられ社会的に尊敬されることもあって、世界のイスラム教徒にとってはその実施は大きな夢となっている。

 また、二大聖地を抱えていることもあって国王の正式な称号を「二大聖地の守護者」としているサウジにとっては、大巡礼を毎年つつがなく終えることがイスラム大国としての責務であると同時に誇りともなっている。それだけに、新型コロナ禍という全世界を襲った一大疫病が理由とはいえ、サウジの立場にしてみれば、大巡礼の中止という決定はできれば避けたいのが本音だろう。

 いまひとつサウジにとって見逃せないのが、大巡礼が同国の財政で果たしている重要な役割である。イスラム教徒には期間の定められた毎年の大巡礼以外にも、義務化はされておらず、一年のいつメッカに行っても良い小巡礼(ウムラ)という宗教行事もある。実は大巡礼と小巡礼の収入は年間約120億ドル(1兆2840億円)に達しており、近年財政赤字に苦しむサウジには貴重な財源となっているのである。

 サウジ政府の考えを伝えることの多い英字紙アラブニュースは、既に4月4日の時点で大巡礼中止への布石のためであったのか、過去において中止された事例が少なくとも10回はあったと報じ、仮に本年実施されないとしても許されるとの趣旨を展開していた。ちなみに、イスラム教徒の大巡礼ができなかった最新例は、ナポレオン皇帝がエジプト、シリアに大遠征を行った1798年から1801年にかけてのことであった。

 権力固めを終えたとされるムハンマド皇太子が、今後、大巡礼にどのような判断を下すことになるのか注目したい。

【プロフィル】畑中美樹

 はたなか・よしき 慶大経卒。富士銀行、中東経済研究所カイロ事務所長、国際経済研究所主席研究員、一般財団法人国際開発センターエネルギー・環境室長などを経て、現在、同室研究顧問。東京都出身。

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