スポーツbiz

新型コロナ禍で生まれた新潮流 「個」「離」の時代に

 尚美学園大学教授・佐野慎輔

 プロ野球、Jリーグの試合に観客が戻ってきた。上限5000人。それでも選手たちにとっては大きな後押しになる。

 大きな声援もなければ鳴り物入りの応援もない。物足りなさは言うまでもないが、響く打球音はむしろ新鮮に感じる。

 新型コロナウイルス禍でスポーツは変わるだろう。いや、確実に潮目は変わったと思う。

 先日、日本スポーツ産業学会の総会が開かれた。もちろん例年と異なり「Zoom(ズーム)」によるリモート総会である。“席上”学会の共同会長を務めるスポーツ用品大手、アシックスの尾山基会長が「競技はシフトしている」と指摘した。濃厚接触を気にしなければならない競技から接触のないスポーツへ。集団から個へ。新型コロナ禍から生まれた潮流といっていい。

 アシックスは先ごろ、世界12カ国で新型コロナの影響下におけるランニングに関する意識調査を実施した。週に1回以上エクササイズを行っている18歳から64歳までの男女1万4000人が回答。「感染拡大前から定期的に実施している人の36%が外出自粛前よりも活発に実施」「79%の人がランニングやエクササイズによって気分が晴れると実感」「65%の人がランニングは精神面におけるメリットがある」「73%の人が収束後も走り続けたい」という結果を得ている。

 「個」「離」の時代に

 尾山会長はさらに資料に基づき、自粛期間における興味深い数字を披露した。いわく、米国では昨年同時期と比較して自転車の売り上げが倍増したほか、ランニングシューズは30%増、自宅で行うフィットネスが130%も増えている。またフランスでは自転車が2倍増で、中国ではランニングシューズが20%増加。インドでもフィットネスが倍増しているという。いずれも人と群れることなく実施できるエクササイズである。

 つけ加えれば、これらの商品の多くは店舗ではなく、インターネットで購入されている。スポーツは「個」あるいは「離」の時代に入った象徴だろうか。

 観客動員型のプロ野球、Jリーグはあり方が問われている。上限5000人が当面動かない状況を踏まえ、収益確保を考えなければならない。5万人収容していた球場に5000人。同額の入場料収入を得るには料金を10倍に設定しなければならないが、それは不可能。グッズや売店収入も減少確実である。

 プロ野球の巨人がアバター観戦を試み、阪神はギフティング(投げ銭)に乗り出した。またJリーグの浦和は1億円調達を目標にクラウドファンディングを実施。8月31日が期限だが既に1億円を突破している。ファンのありがたさを思う。

 どうなる「みる」

 5月、国税庁は1954年の通達でプロ野球にのみ認めていた「職業野球団に対して支出した広告宣伝費等の取り扱い」の適用をプロスポーツに広げた。球団の赤字補填(ほてん)に支出した親会社の経費を損益計上できる広告宣伝費とする扱い。親会社がクラブに行う低金利、あるいは無利息融資も寄付金としない優遇税制は資金導入のハードルを下げる。コロナ禍に苦しむ弱小クラブには「干天の慈雨」といっていい。66年目の大変革はコロナ禍のなか、Jリーグ・村井満チェアマンの卓越した交渉でもたらされたものである。

 ただ、優遇策もクラウドファンディングもプロスポーツのあり方を変える方策ではない。あくまでも資金調達のための策。ひと息つく一方、「個」「離」への流れにどう棹(さお)さすか。対応を急がなければならない。

 「する」スポーツとしての「個」「離」は進む。「みる」スポーツはどうなっていく。若い層に普及が著しいDAZN(ダ・ゾーン)に代表される「OTT(オーバー・ザ・トップ)」との協調、共存は不可欠となった。ウィズ・コロナの世に生き残るために、変化が求められている。

【プロフィル】佐野慎輔

 さの・しんすけ 1954年富山県高岡市生まれ。早大卒。サンケイスポーツ代表、産経新聞編集局次長兼運動部長などを経て産経新聞客員論説委員。笹川スポーツ財団理事・上席特別研究員、日本オリンピックアカデミー理事、早大および立教大兼任講師などを務める。専門はスポーツメディア論、スポーツ政策とスポーツ史。著書に『嘉納治五郎』『中村裕』『スポーツと地方創生』(共著)など多数。

Recommend

Ranking

アクセスランキング

Biz Plus