リーダーの視点 鶴田東洋彦が聞く

創業から30年は貪欲に あと5年引っかき回す(2-2)

 --創業したきっかけは

 「23歳でフリーのプロデューサーとして独立。テレビを中心にドキュメンタリー作品を手掛けていた。あるときアフリカの村を取材、土地は肥沃(ひよく)なうえ、50キロも離れていないところに食料倉庫があるにもかかわらず、飢えに苦しんでいることを不思議に思った。政治的な問題や部族間のしがらみで、倉庫の食料が必要な人のところに届いていなかったのだ。川を引いて水路を造り、作物を育てるノウハウを提供できれば解決できるのに…。その時に感じた思いが社名の由来にもなった。そして映像の力で人々に問うドキュメンタリストとしてではなく、困っている目の前の人に手を差し伸べることができる事業を始めることにした」

 --フリーランスの経験がビジネスに生きた

 「日米合作のドキュメンタリー番組づくりに参加したとき、米側スタッフは全員、ユニオンやエージェントに所属していることを知った。日米クリエイターの仕事環境や社会的ポジジョンの違いに愕然(がくぜん)とした。こうした経験から、クリエイターとしての自己実現より社会に役立つ事業を興すことを考え始め、クリエイターをバックアップする事業の立ち上げを決意し設立した。当初は7人の映画監督、テレビディレクターのネットワークから始まり、今では国内で放送されるテレビ番組の約45%に当社ディレクターが関わるまでに成長した」

 --それだけ、がむしゃらに働いてきたということでは

 「創業から30年たったが、10年後の2000年にナスダック・ジャパン(現ジャスダック)に上場してつまずいた。フリー出身なので組織についてよく知らなかったからだ。しかし仕事イコール遊びという感じで、何しろ面白いので貪欲に取り組んできた。60歳になったが、あと5年は会社を引っかき回す。3年後には変わるはずだ」

 --健康法は

 「やはりゴルフ。ストレス解消には一番いい。海釣りにも出掛ける。漁船を借りて沖まで出る。旅行も好きで目的を持っていく。東京でコロナ禍が一段落したとき宮古島を訪れた。栄養価が高く健康食として注目を集めるモリンガ畑を見てきた。高さ8メートルにも成長し、観葉植物にもなる。宮古島はサンゴ礁でできており、石灰層が多く存在しモリンガの栽培に適しているという。そのモリンガに出合ったのが6月だった」

 --どんな出合いなのか

 「12年前から伊豆の断食施設に年に1度、通っている。エイチ・アイ・エス会長の沢田秀雄氏、イマジニア会長の神蔵孝之氏、レッグス社長の内川淳一郎氏という経営者仲間で行くが、施設ではニンジンなどのジュースを飲み、散歩やゴルフなどで過ごす。今年の断食の際に『健康寿命を延ばす』といわれて飲んだのがモリンガジュースだった。凝り性なので、はまってしまい、これまで飲んでいたサプリメントをすべて止めた。会社の日当たりのいい応接室に50鉢ほど置いて育てており、配ったりしている」

【プロフィル】井川幸広

 いかわ・ゆきひろ 佐賀県立佐賀東高卒。1980年毎日映画社入社。1年間勤務後に独立しフリーのメディアプロデューサーとして活動。90年クリーク・アンド・リバー社を設立し社長。2020年4月東京ニュービジネス協議会会長。60歳。佐賀県出身。

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