リーダーの視点 鶴田東洋彦が聞く

ホテル東京・中村社長 起業家精神発揮…「最大にして細心」追求

 ホテル東京・中村忠正社長(2-2)

 --「ホテル東京」開業までの経緯は

 「歌舞伎役者の五代目中村歌右衛門の屋敷を、山梨県で運送会社『山梨通運』を経営し山梨県議会議員を数期務めた父親が縁あって取得した。その父から大学卒業後のあるとき、『本格的に旅館を経営してみたら』といわれたのが始まり。土地と建物を譲り受けて資本金400万円で、1962年に割烹(かっぽう)旅館『歌茶屋』としてスタート。69年に旅館を立て直して『ホテル東京』に商号変更した。その際に設計のため全国を回り、京都のホテルをみて雰囲気、イメージを固めた。大きなホテルを建てたかったが、建築基準法の関係で高さ制限から5階建てになったのは仕方なかった」

 --現状は

 「ホテル東京は老朽化などのため2007年3月に閉鎖した。料理がおいしいと評判で黒字だったが、小規模ホテルなのでこの先もやっていくのは厳しいと判断した。ホテルを処分して得たお金で11年に八王子日本閣、13年に柏日本閣を取得し経営を始めた。現在は結婚式場や旅館の他、マンション、貸しビルなどの不動産業や飲食業など多角的に事業を展開している。不動産業は得意ではないが、収入は固定的・安定的に入ってくるし、時代に流されない。一方の本業のホテル業、すなわち飲食業は顧客次第。コロナ禍で痛感した」

 --料理にこだわってきた

 「元々、割烹料理から始まったので、料理に関してはオープン当初から高い評価を得ていた。料理人も一流を集めることができた。その評価は日本閣で引き継がれている。伊豆高原の旅館も『料理の宿』と称しているほど、料理にこだわりを持っている。料理は『おいしい』が絶対条件で、病気の予防、未病につながる。安全でもある。おいしい料理をつくって提供すれば世の中を救えると考えている」

 --起業家を目指していたのか

 「確かに創業者といえるが、何もない状態で旅館を始めたとはいえ、土地と建物は父親から譲り受けており、根っこからすべてではない。改めて歴史を振り返ると、なぜかいろいろなことをやってきた。ただアイデアマンというより起業家。人のやらないことに着眼し、わが業として膨らませるのが得意だ。事業を膨らます欲も少しはある。だから『最大にして細心』を追求してきた。いつまでたっても達成できないが、生き方としてしっかりできればいい」

 --ところで座右の銘や趣味は

 「特別なものはないが、物事を考えるとき『原点に戻る』ことを言い聞かせている。また、『世のため、人のため。最後は自分のために返ってくる』という哲学を親から教わり実践している。趣味は囲碁、将棋を少々。自分の体を動かすことも好きで、マシンを使って荒々しく鍛えている。年を取ると頑張りすぎないほうがいいが、『どこまでやる』『まだ足りない』とついやり過ぎてしまう。健康にも気を使い、食事は自然と免疫力が高まるものを選んでいる。また水素水について深く勉強した。体が疲れると増える活性酸素を除去するといわれるからだ」

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