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紙はデジタルに勝つ 「紙製文化財の町医者」に聞く紙資料の価値 (2/2ページ)

 古い紙資料を「使う」とは、手に取って内容を見て当時のことや持ち主に思いをはせることだ。そうしてこそ「役に立つ」と平田さんは考えている。また、手で触れれば傷みの進行が分かり、取り返しがつかなくなる前に対策をとることができる。モノも記憶も放置すれば風化が進み、やがて「役に立たない」と捨てられかねない。

 書籍や写真のデジタルデータ化が進むが、「やっぱり紙の原本が大事」と平田さんは指摘する。デジタルデータはトラブルで一瞬にして消えてしまう恐れがある。しかし「紙は保存法さえ間違えなければ、千年以上保存できます」。毎日、歴史が詰まった紙を相手にしているだけあって思い入れは強い。「デジタルがどれだけ便利だといっても、紙の原本が持つ風合いには勝てない」

 和紙を未来へ

 「資料を後世に伝えることの大切さ、修復の必要性を伝えていきたい」。平田さんは、本業である古い紙資料の修繕・修復や複製を請け負うだけでは不十分だと考えている。作業の実際について広く知ってもらうことが必要だ。だから、依頼主に作業の一部を体験してもらうほか、図書館司書や一般向けに修復や和とじ製本の技術指導なども行っている。

 この夏には、石川県かほく市に出向いた。今年は同市出身の哲学者、西田幾多郎(1870~1945年)の生誕150年。石川県西田幾多郎記念哲学館の記念事業の一つで、西田の直筆ノートの複製(レプリカ)をつくるワークショップを指導するためだ。ノートは平成27年、東京都内の西田の遺族のもとで50冊見つかった。大部分が代表作『善の研究』の基となったとされる貴重な資料だ。

 ワークショップでは、古びて変色した表紙や文章が記されたページの一部を再現、白紙の新しいページと一緒にとじた。日本を代表する哲学者の思考の流れの一部に〝触れる〟ことができるというわけだ。同館では記念グッズとして複製ノートの販売を始めた。

 古い紙資料を保存、活用し、後世に伝えようという機運は各地で少しずつ高まっている。ただ、一方で和紙文化の先行きが決して明るくはないことが気がかりだと平田さんは言う。古文書や古美術品を修繕・修復するときに、欠かすことのできない和紙の原料である三椏(ミツマタ)、雁皮(ガンピ)、楮(コウゾ)は年々、生産が細っている。栽培する山林の手入れをしてきた人が高齢化しているためで、中には90代もいるという。後を継ぐ若い世代が十分にいるわけではなく、「ここ20年ほどは本当にきつくなっている」というのが平田さんの実感だ。

 工房では、和紙原料の産地として知られる高知県いの町にある和紙の漉(すき)元「鹿敷製紙」から繊維にまで加工したものを仕入れることができているが、同県でも山林の保全や紙漉きに関わる人は減っているという。

 和紙の厳格な定義はない。外国産のコウゾなどを原料にしても、それなりの「和紙」を漉くことはできるという。しかし「日本の気候に合わず変色しやすい」のが難点で、古い紙類の修復には使えない。「手漉き和紙技術」は、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産として登録されている。「和紙文化の良さをアピールし観光資源にしようという自治体は多いが、産業を育成するところまでは…」と平田さん。地域によっては、就労と観光を組み合わせたワーキングホリデーで訪日する外国人やボランティアなども活用されるが、安定的とはいえない。

 「和紙を守るプロジェクトも何か始めなければ」と、まずは鹿敷製紙などと協力して取り組みたい考え。古い紙を相手にする平田さんだが、視線は未来にも向かっている。

 工房レストア 紙製の資料や美術品の修理・修復、デジタル技術を使った複製を手がける。図書館の司書や一般向けに、紙資料の修復や和綴(と)じ製本の技術指導も行っている。平成20年設立。所在地は大阪市大正区泉尾(電話06・4394・7421)。

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