高論卓説

「新常態」が招く対話不足 創造力や統一性ない会社をへの不安

 世界中で新型コロナウイルスが猛威を振るう中、感染対策の一環として働き方も変わってきている。人と人の接触を少なくするため、オフィスには出勤せずに、リモートワークや在宅勤務が推進されている。米国や日本の大手IT企業の中には社員全員を原則在宅勤務としているところも出てきている。全員が在宅勤務ではなくとも、出社しなくても仕事をこなせる業務をリモートワークにしている企業が現在では圧倒的多数である。(杉山仁)

 しかし、これは本当に生産的な仕事の進め方であろうか。仕事を遂行する上で、社員同士さまざまな議論を戦わせて一つの結論に達するとか、相手との難しい交渉の中で双方ギリギリの着地点を探ることはリモートではできない。

 筆者自身も経験があるのだが、外国において利害の対立する厳しい交渉現場で、相手の表情や休憩時間中の軽いやり取りから、相手の真意をくみ取ることができることがある。人間同士の暗黙の、意図せざるコミュニケーションはリモートでは伝わらない。例えば町工場から世界的自動車メーカーに成長したホンダでは役員室は社長を含め大部屋で、そこで役員同士が議論を戦わせ、新しいアイデアを出していったという話を聞いたことがある。

 9月になって米銀大手JPモルガン・チェースは、リモートワーク中の社員の大部分をオフィスに戻す考えを明らかにした。ダイモン最高経営責任者(CEO)は社員が在宅勤務を続けていれば「創造力」が失われると発言している。さらに同下旬にはスイスの大手銀UBSのエルモッティCEOは、「在宅勤務では統一性と社風を維持することは難しく、出勤率が85%では会社が持たない」と述べている。

 欧米の大手銀でなくとも、新入社員の教育はリモートではできない。どんな世界でも、若い人はその道の先輩を直接見て、それをまねて育っていくのである。言葉にならないいわゆる暗黙知もこうして世代から世代へと受け継がれていくのである。

 一方、どんな疫病も必ず収束するか、あるいは生命の脅威とはならないレベルまでになることはこれまでの実例を見れば明らかである。アフリカ大陸におけるポリオ(小児まひ)は8月にWHO(世界保健機関)により絶滅が宣言された。また2000年代以降、東南アジアを中心にはやった鳥インフルエンザも日本ではワクチンなどの投与により発症者は出ていない。現在の新型コロナもまもなく、ワクチンの開発および効果的な治療薬の導入により、完全に収束するだろう。

 人類は5000年前のメソポタミアの都市国家や6000年前の三内丸山の縄文遺跡が示すように、はるか昔から集落に集住し、集団で生産活動に従事していた。新型コロナは現状脅威ではあるが、人類の長い営みを見れば、これが収束したあとも人類の働き方を根本的に変えることはない。

 いわゆる「新常態」という言葉で、今回のコロナ禍により働き方や社会のあり方が抜本的に変わらざるを得ないという考え方がはやっているが、数千年にわたる文明の営みと人間のコミュニケーションのあり方を考えれば、こうした言説は、あと数年たってから振り返ってみれば一時の幻であったといえるだろう。

 人間の暗黙知を磨き、社会の継続性を維持することを考えれば、リモートワークや在宅勤務はあくまでも新型コロナ克服のための一時的手段と考えるべきであり、これを恒久化してはならない。

【プロフィル】杉山仁

 すぎやま・ひとし JPリサーチ&コンサルティング顧問。1972年一橋大学卒、三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入行。米英勤務11年。海外M&Aと買収後経営に精通する。経済産業省の「我が国企業による海外M&A研究会報告書」作成に有識者委員として参加。著書に「日本一わかりやすい海外M&A入門」のほか、M&Aと買収後経営に関する論文執筆や講演多数。

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