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ラー博で復活、日本初のラーメンブーム生んだ「来々軒」 (1/2ページ)

 日本で初めてのラーメンブームを巻き起こしたとされる東京・浅草にあった「来々軒」の「らうめん」が、14日から「新横浜ラーメン博物館」(ラー博、横浜市港北区)で“復活”した。創業は今からさかのぼること110年前。復活に当たっては創業者の子孫の協力もあり、当時の味が可能な限り再現されている。こだわり抜かれた一杯を記者も試食してみた。

 「来々軒」の創業は明治43(1910)年。創業者の尾崎貫一氏が、現在の横浜中華街から中国人のコック12人を連れて、東京・浅草で開いたとされる。当時、日本人にはなじみの薄かった「支那そば」(「南京そば」とも)を、日本人好みの淡泊な味に改良し、ブームの火付け役となった。繁忙期は、1日に約3千人の客でにぎわったといわれる。

 創業者の子孫が協力

 ラーメンの歴史を語る上では、外すことのできないこの「来々軒」。ラー博は開業からこれまでの約30年間にわたり、関係者の証言や当時の資料などから、同店を綿密に調査してきた。今年に入って、創業者の尾崎貫一氏の孫にあたる高橋邦夫さん(86)と、玄孫の雄作さん(33)の快諾と協力を得たことで、今回の復活が実現した。

 当時の味を知る邦夫さんは「(貫一氏は)相当な試行錯誤をしながら、何回も失敗を繰り返してラーメンを作り上げたのではないか」と創業の労苦をしのぶ。雄作さんは「祖父(邦夫さん)が元気なうちに、『来々軒』を復活させたかった。僕もこのプロジェクトのために勉強し、その歴史を後世に伝えていきたいと思った」と語る。

 ラー博で再スタートを切った「来々軒」で提供されるのは、看板メニューだった「らうめん」(930円)、「ワンタンメン」(1130円)、「シウマイ」(1個150円)。「らうめん」には、伝統的な製麺技法の「青竹打ち」で作られた麺を使用した「らうめん(青竹打ち)」(1100円)の2種類があり、こちらは1日100食限定となっている。

 原料にもこだわる

 味の再現に挑んだのは横浜市戸塚区のラーメン店「支那そばや」(佐野しおり代表)。調査によって、創業当時の麺に使用されていた小麦粉の原料は、群馬県の主要品種だった「赤坊主」を中心にブレンドされていたものと推定された。だが、同品種は現在生産されていないため、後継品種に当たる「さとのそら」が使われている。

 スープの再現では、当時からの濃い口しょうゆを使用。そこに煮干し、国産の豚がらや鶏がら、野菜類を加えて弱火で炊き上げた。彩りを添える具材の焼豚とメンマも、昔ながらの製法で作られている。

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