高論卓説

現代科学「複雑な系」への挑戦 鍵は大規模シミュレーション・計測技術

 17世紀後半のニュートンによる現代科学の創始から現在まで約350年の間、近代科学の発展に伴いさまざまな物理系の仕組みが解明された。太陽系や理想気体など単純な系に適用されて大きな成果を上げた。しかし、20世紀も後半になると単純な系の研究はほぼ終わり、単純でない系、つまり複雑な系が未解明で残った。

 現代科学が今直面している複雑な系には、相変化を伴うガスや凝集系、生命体(脳や身体運動、個体発生を含む)、生態系、気候システム、プラズマ、自己重力天体(星、星団、銀河、そして宇宙全体)などが含まれる。これらの複雑な系に共通の特徴がある。まず、非常にたくさんの要素が関係する多変数系である。次に、それらの要素同士が相互作用し合い、その影響が元に戻ってくると言った意味で、強い非線形性を示す。この結果、因果関係が複雑にもつれ合っている。

 また、秩序を壊す熱エネルギーに対して、相互作用エネルギーが優位(強結合)で、秩序や構造が勝手に生まれる。その結果、不安定性が引き起こされ、激しく変動している(非定常)ことが多い。さらに長距離・長時間の相関が見られる(強相関)。

 これらの特徴のために、物理で用いられる一般的な分析手法、線形理論や、摂動法、局所近似、定常解の適用などのほとんどが使えない。また、各要素の振る舞いの因果を一つ一つたどっても、全体としてみたときには、非線形なフィードバックの嵐の中に、因果関係が雲散霧消してしまう。一時期、複雑系の科学としてカオス理論がもてはやされたこともあったが、予測不可能に見える複雑な系の実態に切り込むことはできなかった。

 これらの問題を克服するため、20世紀後半から大規模な数値シミュレーションが行われるようになった。たくさんの要素の間の相互作用をできるだけ忠実に与えて、全体の動きを追いかけ、実験・観測事実と直接比較すればいいというわけだ。確かに、10億個以上の粒子を入れた銀河シミュレーションを行うと実際の矮小(わいしょう)銀河の形がかなりよく再現されることが分かった。銀河系のような普通の銀河(約1000億個の星でできている)を再現するのに、もう一息だ。

 また、粉体のシミュレーションでも10億個の粒子(つまり縦・横・奥行きにそれぞれ1000個の粒子を配置できる)を用いれば、実際の粉体系で見られるような流体的な振る舞いをかなりよく再現することが分かった。このまま進めば、約1000億個のニューロンでできた人間の脳の再現も近い将来可能かもしれない。力任せで押し切れるなら、全脳シミュレーションに邁進(まいしん)すればいいと思う。

 ただし、大規模シミュレーションも万能ではない。まず、要素の間の相互作用については個別の実験事実に基づき、本質をよく理解して取り入れる必要がある。数値シミュレーションをするときは、既存の分析手法で押せるだけ押して、どのような相互作用を正しく再現しなければならないかをよく理解して行う必要がある。また、多変量を扱うので、比較に用いる測定・観測量もそれに匹敵するほど多い必要がある。少数の測定点ならば、多変数のパラメータを組み合わせることで、どうとでも合わせられることがある。いわゆるカメレオンモデルになるからだ。

 大規模シミュレーションは大規模計測技術とともに、21世紀の科学を牽引(けんいん)するだろう。

【プロフィル】戎崎俊一 えびすざき・としかず 理化学研究所戎崎計算宇宙物理研究室主任研究員。東大院天文学専門課程修了、理学博士。東大教養学部助教授などを経て1995年から現職。専門は天体物理学、計算科学。

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