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名門企業の凋落、止まらず 日本支えてきた重厚長大産業は「大きな曲がり角」

 【失意の翼】(中)

 異例の3000人体制縮小、逆風厳しく

 「社内の再配置、さらに外への出向も考えている」。国産初のジェット旅客機スペースジェット(旧MRJ)の事業凍結を発表した10月30日、三菱重工業の泉沢清次社長は険しい表情で約3000人を配置転換すると説明した。民間航空機事業だけでなく、火力発電や造船も含む異例の体制縮小だ。新型コロナウイルス禍の逆風は厳しく、日本を代表する名門企業の凋落(ちょうらく)が止まらない。

 創立1884年の三菱重工は、三菱グループの主要企業で構成する「金曜会」の中でも三菱商事、三菱UFJ銀行とともに「御三家」として最上位に君臨する。長崎での造船を祖業とし、戦中は「ゼロ戦」や戦艦武蔵を手掛けた。戦後は原発や火力発電、航空機部品にも事業を拡大。「陸・海・空」の国家プロジェクトを担ってきた。

 「収益を支える事業になる」。2008年、佃和夫社長(当時)はスペースジェットの事業化を決め、成長の柱に掲げた。需要拡大を見込む小型機市場で稼ぐ-。当時、売上高3兆円前後で伸び悩んでいた業績を拡大する青写真を描いた。

 しかしノウハウ不足による設計変更が相次ぎ、開発は停滞。その間に既存の主力事業を取り巻く環境は悪化した。造船は韓国・中国勢に市場を奪われ、長崎造船所香焼工場は大島造船所(長崎県西海市)への売却交渉を進めている。原発は国内で新増設が見込めず、頼みの海外輸出はトルコでの新設を断念する方向だ。稼ぎ頭の火力発電は石炭火力への逆風で大きな成長を期待できない。

 機体の主翼などを供給する民間航空機は、新型コロナ流行で納入先の米ボーイングの経営が傾き、減産を余儀なくされた。20年9月中間連結決算は赤字転落し、570億円の最終損失を計上。新たな中期経営計画は、スペースジェットに代わる明確な成長戦略を打ち出せなかった。

 三菱重工の時価総額はバブル期前後に国内トップ20に入っていたが、今年10月末時点では150位以下にまで落ち込んだ。国の産業政策とともに歩みを進めた企業の窮状は、日本の国力衰退の証左とも言える。川崎重工業やIHIの経営も苦しく、日本経済を支えてきた重厚長大産業は「大きな曲がり角に来ている」(国内製造業に詳しい作家の前間孝則氏)。


【失意の翼】三菱重工が国産ジェット事業の凍結を発表した。日本経済の浮揚に大きな役目を果たすはずだった国家プロジェクト頓挫の裏側を探った。

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